『真夜中のパン屋さん』ついに完結! それぞれが迎えた5年後の「朝」が物語をつなぐ――大沼紀子さんインタビュー【前編】

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

人気シリーズ『真夜中のパン屋さん』著者の大沼紀子さん

2011年に第1巻が刊行された『真夜中のパン屋さん』、通称「まよパン」シリーズ(大沼紀子/ポプラ社)。13年には滝沢秀明、土屋太鳳、ムロツヨシなど豪華キャスト陣でドラマ化され、さらに読者層を押し広げた同作は、子どもを他人に預けて自由気ままに生きる“カッコウの母”をもつ女子高生が、深夜だけ営業する不思議なパン屋さんに居候する物語。累計140万部を突破する人気シリーズがこのたびついに完結! これを記念して、著者の大沼紀子さんにインタビューを行った。

――第1巻『午前0時のレシピ』の刊行は2011年6月。丸6年をかけての完結ですが、書き終えた今、どんなお気持ちですか?

大沼紀子さん(以下、大沼) ああ、終わったなあ、と。なんていうか、すがすがしい気持ちでいっぱいです(笑)。

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――「腹違いの姉がいるからそこへ行け、家の契約も解除したから」と母から置き手紙を残された希美。訪ねた先が深夜営業のパン屋さんでした。たのみの姉・美和子は半年前に亡くなり、その夫・暮林と、パン職人の弘基とともに生活する物語。複雑な人間関係は、希美がついに母と対面した5巻『午前4時の共犯者』で明らかにされ、ついに決着しましたね。

大沼 希美には、思いのほか過酷な環境を強いてしまいました。最初は、ちょっとひねくれた子が人のあたたかさにふれて心を開いていく物語、くらいのつもりだったのですが、彼女を書いていくほどに「これはひどい」と我ながら感じてしまって……(笑)。どうにか幸せになってほしいと思いながら書いていたんですけれど、母親との関係で迎える終着点は決めていたので……最後の最後にまた、苦しい思いをさせてしまいましたね。

――お母さんとの完全な和解を得られない、というのも、最初から決めていたんですか。

大沼 そうですね。死というのはともすると過去を美化に導きがちですが、わだかまりが解消できないまま関係が終わってしまい、わだかまりを抱いたまま生きていかなきゃいけない人生も、わりに多いと思うので、そこは変えたくなかったんです。でも、だからといって残りの人生が不幸になるわけじゃないということも、同時に書きたかった。だから最終巻はその後の話になるだろうということも、比較的早い段階から想定していたので、『4時』から5年後の物語にしました。

――真夜中のパン屋さん「ブランジェリークレバヤシ」の開店時間は23時から朝の5時。本シリーズも『午前0時のレシピ』から始まり、『午前1時の恋泥棒』『午前2時の転校生』と1時間ずつ時計の針が進み、最新刊『午前5時の朝告鳥』で閉店時間を迎えました。

大沼 午前5時って、真夜中というより、もう夜明けの時間なんですよね(笑)なので、今までの形式からは少し外して、いろいろな人が、いろいろな場所で迎える朝を書けたらいいよねと担当さんと話し合って、連作短編の形をとった感じです。斑目さんから始まり、ソフィアさん、弘基と語り手をうつしていったのは、『0時』に出てきた人たちを描きたかったからですね。

――そしてこの「朝」が、まよパン最大の謎だった深夜営業のわけにつながります。

大沼 実は以前から伏線を張っていたつもりだったんですけど、読み返してみたらその部分をすべてゲラで削除していて(笑)。小道具とかいろいろ出していたのに、全部なくなっていたという……。物語も現実もうまく運べない性質(たち)なんですねぇ……。

――いやいや。きちんとつながっていましたよ。これまで紡がれていた暮林と美和子のエピソードすべてがちゃんと効いていました。

大沼 だったらよかったんですけど。そうであって欲しいと願ってます(笑)。

――5年の間に、希美だけでなく斑目たち常連客の状況もずいぶん変わっています。誰もが、ブランジェリークレバヤシという止まり木を経て、自分だけの居場所を見つけたというか。

大沼 当初は、みんな、これほど活躍する予定ではなかったんです。たとえばこだまは、『0時』で舞台からは去る予定でしたし……。育児放棄された彼が、どんなに同じ家で母を待ち続けたいと願っても、現実問題として生活はたちゆかないだろうと。だけど、プロット通りのバッドエンドは悲しいよね、と当時の編集さんと話し合いまして。彼を支えよう、守ろうとしている希美たちに出会えたのだから、どうにかなるんじゃないのかと。甘いかもしれないけれど、物語としての希望を託したいと思ったときに、物語全体が明るさを持ち始めたような気がします。

――シリーズ全体を通して描かれるお話は決して易しいものではありません。希望と絶望、その割合が6:4でやや希望が多い、というところにリアリティがあるのではないかと思います。

大沼 こだまのことも含めて、全体としてはもう少し暗いお話になる予定だったんです。ですが、希美に対してだんだん幸せになってほしいと願いはじめたように、出てくる人たちをそんなに不幸にしていいものかという想いが湧いてきて……。それぞれの人たちの、人生における大変な時期を切り取りながらも、いやな想いを抱えたまま物語を終えたくはなかったんですよね。そうこうするうちに常連客みんなが個性を持ち始めて、いつのまにかシリーズ全体の重要人物になっていたこともおもしろかったです。こんなに最後の最後まで、みんなが登場するとは思わなかった(笑)。

――誰のことも拒絶していた希美が彼らを信じ始めたから、簡単には手放せなくなったんじゃないですか。

大沼 それもあるかもしれませんね。なんだかんだとみんな友達になってしまったので。困ったときに頼れる相手だったというのは大きいかもしれません。希美にとっても、私にとっても(笑)。こだまの父である美作先生を二度登場させるつもりはなかったので、孝太郎くんの存在も予想外でしたし、希美のいとこである沙耶も、『0時』から名前を出してはいたんですけど、まさかメインのお話が生まれるとは。みんな、思い出したように出てきて、物語をつなげてくれた感じですね。

――そんな友人たちに囲まれて、この5年で一番変わったのはやはり希美でしたね。母親との別れが残した傷はもちろん、まさかの恋愛模様がここへきて。

大沼 私にとっては自然な流れだったんですが(笑)。これも、『1時』くらいのときから、決めていたような気がします。【後編へ続く

取材・文=立花もも 撮影=山本哲也