彼や夫以外とセックスをしてはいけない理由は? アスピーガール、そして「ノー」と言えない女性のための「性の教科書」

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更新日:2017/7/18

『アスピーガールの心と体を守る性のルール』(デビ・ブラウン:著、志村貴子:イラスト、村山光子:翻訳、吉野智子:翻訳/東洋館出版社)

 「風俗嬢の中にはアスペルガーや、軽度の知的障害の女性も結構いる。彼女たちは他の嬢に比べて、本番をOKしてくれることが多い」

 ここ1年ほどの間に、こんな言説をよく耳にした。そしてあとに続く言葉は大抵「それで彼女たちは、指名ランクをあげているからずるい」(現役風俗嬢)や、「でもそういう女性たちが働く場が、他にどれだけあるのか。だから風俗は女性にとっても必要だ」(風俗好きな男性)のように、悪口だったり言い訳めいたものだったりがほとんどで、聞いているこっちがうんざりしてしまった。

 『アスピーガールの心と体を守る性のルール』(デビ・ブラウン:著、志村貴子:イラスト、村山光子:翻訳、吉野智子:翻訳/東洋館出版社)著者のデビ・ブラウンによると、発達障害のひとつであるアスペルガーの少女は、総じて

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友達がほしいと思いながらも、実際にはとても難しく、一人で過ごすことが多いかもしれません。
同年代の子たちとの結びつきが弱いということは、必然的に入ってくる情報も少なくなります。こうして、同年代の他の子たちと比べて性に関する知識も乏しく、置き去りになってしまう。

 状況に置かれているという。そういったことから、自身もアスペルガーの診断を受けているデビ・ブラウンも、かつては彼氏や夫以外とセックスをしてはいけない理由がよくわかっていなかったそうだ。

なぜなら、私が物事を判断する基準は、自分が誰かを傷つけるかどうか、または相手に傷つけられるかどうかということです。

しかし、セックスに関して言えば、傷つけられるどころか気持ちがよくなり、快感を得られるなど、私の判断基準からすると、悪いことにはならないのです。ですから、なぜ家族や先生とセックスをしてはいけないのか、なぜ会ったばかりのよく知らない人とセックスをすることが悪いとされているのか、理解できずにいました。

……これでは、男性にいいようにされてしまうだけである。「風俗嬢には発達障害の女性が云々」の言説が飛び交うのも、無理のない話かもしれない。

 そこで彼女はアスペルガーの少女を「アスピーガール」と呼び、かつての自分のような少女たちに向けて、性のルールを伝える本を手がけた。

 4部構成になっているこの本では、自分を好きになる方法や相手との境界線を知った上で「ノー」と伝える方法、安全なセックスをするための方法や、「彼氏とはどういう人なのか」についてなどが書かれている。アスペルガーの女性に向けたものだが、その内容はすべての、とりわけ相手に「ノー」と言えない女性にとっては参考になるものばかりだ。

 とはいえ、レイプされそうになった場合の選択肢として彼女は、

・逃げる
・助けてと叫ぶ
・防犯ブザーを鳴らす
・たたく、かみつく、蹴る、殴る

 と書いているが、これはすべての女性にとって困難なことだ。殴って殴り返されるぐらいなら、おとなしく従って被害を最低限に抑えたいと考えてしまいがちで、それが性暴力に遭った際の当たり前の反応だからだ。またよく知っている身近な相手から受ける性被害は、それを被害と認識できないこともある。

 しかし彼女は、被害に遭ってしまった女性に決して「自己責任」とか「心を強く持て」とかとは決して言わない。警察や医師、性暴力被害者の支援センターなどに相談したうえで、

・自分を責めないこと
・怒ること

 そして

・自分を癒すために相手を許すこと

を勧めている。その理由を

許すというのは、起きたことは仕方がないと思うことではありません。あなたが恨みを晴らしたいと思うのをやめ、あなた自身がその出来事から解放されることを意味します。

相手を許さないということは、一見相手に毒を飲ませることのように思えますが、実際は自分で毒を飲むようなものなのです。

 と説明し、さらにそれが難しい場合のために、許すイメージを想像する方法を紹介している。

 発達障害でなくても人付き合いが苦手で距離の取り方がわからなかったり、他人との結びつきが薄かったりする女性もいる。また相手を好きなのかどうかわからないままセックスしてしまい、後で大いに後悔するといったことは、女性の多くが経験している。

 デビ・ブラウンは29歳でアスペルガーと診断され、34歳でこの本を出版している。おそらくアスペルガーと診断されるまでの間に、たくさんの失敗と後悔を積み重ねてきたことだろう。その悔しさや「同じ目に遭ってほしくない」思いが、文章から大いに伝わってくる。そして1冊を通して彼女は「失敗してもあなたは悪くない」のと同時に、「世の中の大半はいい人」であるとも訴えている。

 人生には絶望だけではなく楽しいこともたくさんあるのだから、どうか自分で自分を守り、幸せに生きてほしい、というメッセージに溢れたこの本は、自分を責めてしまいがちな女性(アスピーガールであってもなくても)にとって、心強い「性の教科書」と言えそうだ。

文=玖保樹 鈴