村上春樹は“ディズニー”を避けている?【連載】〈第2部 奇妙に符合する妙なキャラ編〉

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編』
『騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編』

「オールド村上主義者」が『騎士団長殺し』を読むきっかけになれば、というスタンスでお送りしている「村上春樹作品に共通することに関するあてどもない考察」。過去の作品との類似点についてあれこれとご紹介する第2部は〈奇妙に符合する妙なキャラ編〉と題し、村上作品に出てくる“人間ではないキャラ”についてあれこれ考察してみたい。

村上春樹は“ディズニー”を避けている?

『騎士団長殺し』には様々なキャラクターが出てくる。中でも一番強烈なのは「騎士団長」だ。身長は約60センチ、白い奇妙な衣装を着て、白い髭を生やし、剣を持っていて、「~あらない」という妙な話し方と、人に対して「諸君」と呼びかける。そして自らを「イデア」だと言い、100年、1000年単位で世界中あちこちを行き来していると言っている。さらに「騎士団長の形体を便宜上拝借した」と言い、その理由について「ミッキーマウスやらポカホンタスの格好をしたりしたら、ウォルト・ディズニー社からさぞかしねんごろに高額訴訟されそうだが、騎士団長ならそれもあるまい」と楽しげに笑っている。

これにはほぼ同じエピソードがある。『海辺のカフカ』に出てきた身長150センチくらい、ポンビキをしていた「カーネル・サンダーズ」だ。

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「入り口の石」を見つけるためヒッチハイクをしていた中野在住の老人ナカタを乗せたトラック運転手の星野は、高松市の裏通りをぶらぶらしているときにサンダーズから石のことを教えるともちかけられる。この小さいおっさんは「とりあえず、カーネル・サンダーズという、資本主義社会のイコンとでも言うべき、わかりやすいかたちをとっているだけだ。ミッキーマウスだってよかったんだが、ディズニーは肖像権についてはうるさい。訴訟されるのはごめんだ」と騎士団長とほぼ同じことを言っている。

しかももともと名前も、かたちも、感情もないとサンダーズは言い、上田秋成の『雨月物語』の一節を披露しているが、『騎士団長殺し』には同じ上田秋成の『春雨物語』が登場している。さらに自身は「純粋な意味でメタフィジカルな、観念的客体」であり、抽象概念に過ぎないから自分では何もできないと言っている。また村上主義者には有名なロシアの作家アントン・チェーホフの「もし物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはならない」というセリフを言ったのはこのサンダーズだ(後に『1Q84』で殺し屋のタマルも同じ内容を口にし、『騎士団長殺し』では「私」が「引き金を引けば弾丸は出る」と言っている)。ちなみに星野はサンダーズに「女の子がほしいんじゃないのかね?」と言われ、手持ちが25000円しかないと伝えると「それだけあれば上等だ。相手はぴちぴちの美女で19歳、ホシノちゃんとくべつ昇天大サービス、なめなめ・すりすり・入れ入れ、なんでもありだ」と独特の口調を駆使していることも付記しておく。

騎士団長は「イデアは他者に認識されることによって初めてイデアとして成立し、それなりの形状を身につけもする」と発言している。やはりカーネル・サンダーズと同じ世界の出身なのか? 謎は深まる。

そして『海辺のカフカ』には猫殺しの「ジョニー・ウォーカー」も出てくる。彼は魂を集めて笛を作ろうとしていて、「ハイホー!」を口笛で吹きながら猫を捌く。その行為を見せられていた猫探しの名人であるナカタは、知っている猫が捌かれそうになったのを見て、ジョニー・ウォーカーの胸にナイフを突き立てる。刺されたジョニー・ウォーカーが「そうだ、それでいい」と叫ぶシーンは『騎士団長殺し』で重要なモチーフとなっている日本画“騎士団長殺し”のテーマに重なって見える。またナカタの口から1メートルくらいの大きさで、尻尾のある「意志しかない」物体が出てくる奇妙なシーンもある。

『騎士団長殺し』にはこの他に「顔なが」や「顔のない男」が出てくる。四角い穴から顔を出し、自身を「イデアではなくただのメタファー」と自己紹介する「顔なが」は初登場だが、「顔のない男」は『ねじまき鳥クロニクル』の主人公の岡田亨が見る夢の中に出てきて、妙なホテルのような建物の中で彼を導いてくれる役回りを担っている。そして自分のことを「私は虚ろな人間です」と言っている。

また『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』には「やみくろ」が出てくる。地下世界に棲み、腐肉や腐ったゴミを食べ、腐った水を飲み、巨大な目のない魚を神と崇める謎の生き物だが、その見た目の特徴などは一切描かれておらず、東京の神宮球場の下辺りに巨大な巣を作っている。

『1Q84』では知恵と力を持つ謎の小さな人「リトル・ピープル」の存在が示唆されるが、これは短編の『TVピープル』に出てくる、人間を2~3割縮小したような大きさで、勝手に主人公の部屋に入ってきて新品のソニーのテレビを設置し、後のその画面から抜け出てきた存在を思い起こさせるものであった(もっともリトル・ピープルはもっと小さく、大昔から存在しているようなのでちょっと違うのかもしれない)。

独立した作品となったキャラといえば『羊をめぐる冒険』で初登場した羊男だ。『羊をめぐる冒険』では身長約150センチ、猫背で足が曲がっており、胸ポケットからセブンスターを出して吸い、フォア・ローゼズのオン・ザ・ロックを飲んで、主人公の「僕」と話をしている。『ダンス・ダンス・ダンス』では、いるかホテル(正しくは「ドルフィン・ホテル」)の16階に住んでいた。そこには「恐ろしいほどの完璧な暗闇」が広がる謎のフロアがあり(誰でも行ける場所ではない)、唾を飲み込んだら「ドラム缶を金属バットでジャスト・ミートしたような大きな音」がする奇妙な場所だ。そして主人公の「僕」がその場所にたどり着くと、ずっと来訪を待っていたことを伝え、「ここはあんたの世界なんだ」と言うのだ。『図書館奇譚』(『カンガルー日和』所収)、『シドニーのグリーン・ストリート』(『中国行きのスロウ・ボート』所収)、『羊男のクリスマス』、『ふしぎな図書館』などに羊男に似たようなキャラが登場している。

その他にも『かえるくん、東京を救う』(『神の子どもたちはみな踊る』所収)には2メートル以上ある本物の蛙が登場し、地下へ行って地震を防ぐべくみみずくんと戦ったり、『とんがり焼の盛衰』(『カンガルー日和』所収)には「とんがり鴉(がらす)」というお菓子だけを昔から食べて生きている特殊な鴉の一族が出てきたりと、これまで発表された作品に登場した妙なキャラ(生き物、と書きたいところだが、純粋な意味でそれが生きているのかどうかさえわからないので、ここでは仕方なく“キャラ”としている)を集めるだけで「村上春樹テーマパーク」が作れるくらいたくさんいるのだ。それはメタファーであるのかもしれないし、そうでないのかもしれない。『スプートニクの恋人』には「理解というものは、つねに誤解の総体に過ぎない」という言葉もある。その解釈は読む人の判断に任されているのだ。

ということで、次回は〈第3部 遷ろう謎の場所と通路編〉と題して、あてどもなく考察してみたい。

文=成田全(ナリタタモツ)