モンハン漬けの潜入取材で見えた「オタクとは何か?」10年にも及ぶオタク生態調査の集大成

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公開日:2017/7/2

『オタクとは何か?』(大泉実成/草思社)

「オタク」という言葉が一般的に使われるようになって久しい。名付け親は編集者の中森明夫だといわれているが、現在ではアニメやマンガ、ゲームなどにのめり込んでいる人を指す言葉として定着している。しかし、車やファッションが好きな人は「オタク」ではないのか? そもそもただのファンから「オタク」と呼ばれるようになる基準はどこにあるのか?

 ゼロ年代初頭からオタクの実態調査に取り組んできたライター、大泉実成氏の集大成となる一冊が『オタクとは何か?』(草思社)である。体験取材や識者との対談を通して明らかになる「オタク」の真実は、「オタク」に対してなんとなくネガティブなイメージを抱いている読者にも、新しい視点をもたらすことだろう。

 大泉氏は特にアニメやマンガに惹かれることなく生きてきたが、『新世紀エヴァンゲリオン』との出会いで衝撃を受ける。生まれて初めて二次元ヒロインの綾波レイにハマってしまったのだ。

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 どうして人はアニメに心を奪われ、キャラクターに恋をするのか? その理由を『萌えの研究』の中で綴ったものの、大泉氏にはまだ釈然としない「オタク」への疑問があった。なぜなら、どんなに綾波が好きで、取材の過程で大量のアニメやゲームに触れようとも、大泉氏は自分が「オタク」になったとは思えなかったからだ。

 そこで、大泉氏は2006年からオタクショップのアルバイトに就き、現場で働きながら「オタク」と実際にコミュニケーションしようと試みる。取材と理解したうえで、当時44歳だった大泉氏とも親しく接してくれる若い同僚たちが微笑ましい。やがて、大泉氏と同僚たちはプライベートも共にするようになっていく。

 定期的にアニソン縛りのカラオケに出かけ、出勤終わりの楽しみといえば駐車場や24時間営業の飲食店でモンハンに興じること。大泉氏はどっぷりと「オタク」ライフに浸かっていく。同僚の一人に彼女ができて、深夜のモンハンができなくなることに立腹するエピソードを読んでいると、もはやどこまでが取材でどこまでが趣味なのか分からない。

 それでも、こうした「フィールドワーク」を通して大泉氏は、かつては分からなかった「オタク」への疑問に実感を伴った答えを見つけていく。たとえば、大泉氏は『マリア様がみてる』や『あずまんが大王』といった女性キャラクターしか出てこない作品に、どうして男性オタクが感情移入できるのかピンとこなかった。しかし、同僚の男性オタクの内面が非常に女性的だと気づいたことで、多くの読者は『マリみて』でも女性キャラに自己投影できるのだと理解する。

 面白いのは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』を見に行ったときの感想だ。『エヴァ』に特別な思い入れを抱く大泉氏だが、20年ぶりの『エヴァ』新作に、昔は感じなかった怒りを覚えるのである。具体的に書くと、主人公のシンジが周囲からエヴァンゲリオンに乗ることを強要され、人類の敵と戦わされる展開が許せなくなったのだ。内向的な少年がエヴァに乗ることは、庵野秀明監督がオタクたちに向けた「社会に出よう」というメッセージだったといわれる。身も心もオタク的生活に浸るようになったからこそ、大泉氏には20年越しに監督の辛辣な意図が響いてしまったのである。

 大泉氏が「オタク」研究にこだわる理由には、世間の「オタク」に対する差別意識に違和感を抱いていたこともある。好きなものに没頭しているだけで「コミュ力がない」「異性にモテない」と決めつけられ、悪く言われる風潮が受け入れられなかったのだ。

 そして2015年、大泉氏の長男は21歳で命を失ってしまう。彼は中学時代、「オタク」であることからイジメの標的になり、健康を害してしまった。死因はそのときの後遺症だったという。家族の悲劇を経験し、本書終盤の文章には「オタク」への攻撃と、それを看過してしまう社会への怒りが滲む。そして、「オタクは死んだ」と無責任な認識を振りかざす某評論家を痛烈に非難してもいる。

 最終的に大泉氏の「フィールドワーク」は10年にも及んだ。10年がかりで大泉氏が導き出した「オタクとは何か?」という答えは、ぜひとも本書を読んで知っていただきたい。

文=石塚就一