母親らしく、女らしくと思わなくなったら、子育ても人生も楽になった―最新作『母ではなくて、親になる』【山崎ナオコーラインタビュー】
公開日:2017/7/7
2016年に出産した山崎ナオコーラさん。出産・育児の第一歩は“母親としてのあるべき理想像”からの脱却だった。母らしさ、女らしさにとらわれる女性のみならず、男性さえも呪縛から解き放つ、『Web河出』連載の人気エッセイがついに書籍化。タイトルに山崎さんが込めた想いとは?
我が子が1歳になるまでの日々を通じて、育児だけでなく、夫婦のありようや働き方などについて綴られた子育てエッセイ。「結婚や出産をしたからといって、人生の先輩というわけじゃない。私自身、それを経歴にはしたくない。ただ、子どもを産んで育てている私の体験談を、ひとつの物語として受け取ってもらえたら」(山崎)。
やまざき・なおこーら●1978年、福岡県生まれ。2004年、『人のセックスを笑うな』で作家デビュー。『美しい距離』で島清恋愛文学賞受賞。ほか、著書に『論理と感性は相反しない』『ニキの屈辱』『昼田とハッコウ』など多数。目標は「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。エッセイ集に『かわいい夫』などがあり「今後もエッセイストとして頑張っていきたい」とのこと。
育児に関わっていない人にもおもしろがってもらいたい
「妊娠する前から、子供を産むと大変だという話は聞いていて。世間でも母親のつらさがよく語られているけれど、それは“母”という理想が高いせいなんじゃないかと思ったんですよね。男性が理想の父親像に苦しめられているという話はそれほど聞かないですし。母になろうと思わなければそんなにつらくはないんじゃないか、親にならどんな性格の人間でも愛情さえあればなれるんじゃないか、そう思って産んでみたら精神的に楽でしたし、育児も楽しいことばかりだったので、この考え方はけっこうおすすめです」
それは、女性作家の肩書に困惑する主人公を描いた『私の中の男の子』など、性別でくくられることへの違和感を書き続けてきた山崎さんならではの着眼点だ。
「もちろん、産後うつにかかったり夜泣きがひどくて眠れなかったり、実際につらい思いをされている方もいらっしゃいます。だけど、私みたいな人もいるよ、とあくまで個人の体験談として話したかった」
仕事と同じだ。会社に行くのが楽しい人もいれば、いやでたまらない人もいる。働き方も、人それぞれだ。
「働き方の多様性はずいぶん受け入れられているのに、育児にはなぜか画一的なイメージがついてしまうんですよね。性別でカテゴライズしたとたん、自分と他人が入れ替え可能な存在に思えてしまうのかもしれません。みんなが同じ場所にいるように感じるから、他人と比べてつらくなる。頑張ればあの人になれたかもしれないのに、って。でも実際は、どんなに努力しても自分は自分にしかなれないですから」
比べたところでなんにも楽にならない、と山崎さんは言う。たとえば、自身の流産経験で得た喪失感は、他人の悲劇と比べたり、同じ悲しみをもつ人たちとわかちあったりしても、解消されるものではなかった。
「だからこそ、逆に、わかりあえなくてもいいんじゃないかと思うんです。私は結婚も出産も遅かったので、既婚の友人たちが気を遣って話題を控えてくれることもあったのだけど、もっとフラットに話してくれてもいいのになと感じていて。今、育児に関わっていない人からもアドバイスをもらえることはあるし、共感するものがなくても互いのことをおもしろがれるのが本来の会話なんじゃないかと。だからこの本も、どんな立場の人にも楽しんで読んでもらえるものにしたかった。出会ったことのない読者とも繋がれると信じているし、それが文章を書く意義だとも思うので」
男女の枠にとらわれない多様性を受け入れたい
WEB連載時から、育児をしていない人たちからの反響も大きかったという。女らしさや男らしさという性別の枠に悩んでいる人は、境遇にかかわらず多いのかもしれない。
「私自身、かわいらしさとか優しさとか、いわゆる女性としての美徳といわれているものがあまり備わっていないし、そのことで生きづらさも感じてきました。でも、だからといって『化粧しなよ』とか『性格も変えられるよ』とか言われると、なんでその方向に努力しなくちゃいけないんだと思ったりもして(笑)。私みたいな人もいていいじゃないか、って思うと、他人に対しても自分とはちがうものの見方をしているからって、否定的な気持ちにはならなくなってくるんですよね。女性らしさにこだわらずに育児をすると私は決めたけど、“母”であることを大事にしたいと思う人がいるのは当たり前で、それでうまくいっているならそれでいい。ジェンダーについて語ると、どうしても女性の権利を声高に主張していると思われがちだけど、私はただ、女性だろうと男性だろうと多様性を受け入れていきたいだけなんです」
プロフィールに「モットーは、『フェミニンな男性を肯定したい』」と書くようにしたのも、その一環だ。
「女性がおおっぴらに男性の悪口を言ってもどこか許されるのに、逆はものすごく非難されるじゃないですか。女性の立場が強くなってきた今、気が弱い男性のことを慮る立場になってきたのでは、と思い始めたんです。育児についても、女性側が『男性も責任をもち参加するべきだけど、メインの決定権は自分』と思っている限り、男性はいつまでたってもサポート役にしかなれない。夫を部下や同僚のように扱ってはいけないんだな、というのは私自身が結婚して感じたことで、相手に委ねることで時にいやな思いをするかもしれないけれど、それもまた、多様性を受け入れることなんじゃないかなと。いろんな人生や考え方があってそれでいい、って思えれば育児をするのも生きていくのも少し楽になると思うので、そういったことをこの本を読んで感じていただけると嬉しいです」
取材・文=立花もも 写真=冨永智子