なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか? モンスターマザーの精神的・経済的虐待によって心を操られてしまった「居所不明児童」の悲劇

社会

公開日:2017/7/7

(山寺香/ポプラ社)

 「居所(きょしょ)不明児童」と呼ばれる子どもたちがいる。住民登録先から姿を消し、居所が不明になった18歳未満の子どもたちだ。6月29日に厚生労働省が発表した調査で、全国に28人(6月1日現在)いることがわかった(6/29時事通信社)という。これらの児童たちは、虐待や事件に巻き込まれているケースもあるため、各自治体は警察や児童相談所と連携し、安否確認を急いでいる。
『誰もボクを見ていない なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか』(山寺香/ポプラ社)に登場する少年(強盗殺人罪で服役中)は、こうした「居所不明児童」のひとりだった。著者は、傍聴した裁判で明かされた少年の生い立ちに驚愕し、こう記している。

少年は小学5年から中学2年まで、母親と義父に連れられ学校にも通わせてもらえないまま、ラブホテルを転々としたり野宿をしたりして生活していた。さらに、少年は両親から度重なる虐待を受け、「生活費がないのはお前のせいだ」と責め立てられて親戚への金の無心を繰り返しさせられていたという。

 少年の母は、他人はだれであろうと「金づる」でしかない、恐るべきモンスターマザーだ。少年も幼少期から、金銭の責任を取らされる経済的虐待を受け続けている。そしてついには、自分の両親(少年の祖父母)を殺して金を奪うよう少年に強要する。居所不明になった原因もすべて、この母の病的な浪費癖や破たんしたパーソナリティのせいだった。

 本書は、2014年3月に埼玉県川口市で起こった「少年による祖父母強盗殺人事件」を題材にしたノンフィクションだが、単に事件を追うだけではない。本書後半では、「貧困・虐待」もテーマに加え、識者や支援団体などへの取材を通して、問題を抱えた家庭と児童たちを救う道を考察する。

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 ただ、それでも本書の事例の問題は根深い。実際、少年には行政、支援団体など外部の人に助けを求めるチャンスは何度もあった。しかし「家庭に問題はないか」と聞かれても、いつも決まって口を閉ざしたのである。

「誰かに助けてもらいたいと思ったことはなかった。毎日をどう生きていくか、目の前のことだけ考えるので精一杯だった。自分が母と妹の生活を何とかしなければと必死だった」

 著者に宛てた手紙にこう記した少年。本書に登場する脳科学者は少年の心理を、「母と過剰に依存し合う共依存関係にあった」と分析する。そして精神科医は、殺人を断れなかったのは「少年が『学習性無力感』を抱いていたため」と分析する。

 学習性無力感とは、「ストレスが自分の力では回避できない環境に置かれると、その環境から逃れる努力すらしなくなり無抵抗にストレスを受け続ける現象」だ。こうした精神状態の少年を外部の人間が助けるには、長期にわたり信頼関係を築くことが必要だ。しかし居所不明を何度も繰り返す少年家庭の場合、その機会を得るのも難しいのである。しかし状況はどうあれ犯した罪は重く、少年には懲役15年の実刑判決が下った(2015年6月17日高等裁判所)。一方、母親の方は「殺人強要」は認められず、「強盗罪」でわずかに4年半の実刑だ。果たして司法の判断は正しいのか、大いに疑問が残る。本書には、出所後の母親の再犯を懸念する識者の声も寄せられていた。

 本書を読むと、悲惨な境遇の子どもたちを救う方策だけでなく、メンタルヘルスに問題を抱えた大人の犯罪防止策についても、問題が山積していることがわかる。また、虐待・ネグレクト・居所不明は、身近な社会の片隅で起こっている問題であり、ひとりでも多くの人が関心を持つことが、解決に不可欠なのだと痛感させられた。

 もしあなたの周辺で、深夜の公園やギャンブル場など、TPOにそぐわない子どもを見かけたら「どうしたの、大丈夫?」と勇気をもって一声かけてみてほしい。そのほんの些細な一言が、彼らの長い人生を救う一助になるかもしれない。

文=町田光