カリスマホストがクラウドファンディングでソーシャル子育て!? 海猫沢めろん著『キッズファイヤー・ドットコム』
更新日:2017/11/12
哺乳瓶から白い液体を必死に嚥下しつづける生あたたかい小さな存在が、だんだんと人間とは思えなくなっていく。三時間ごとに強引に睡眠を破られ、何かを訴えようと泣き叫ぶ愛おしいはずの我が子に苦労を重ねるのは多くの親が経験することだろう。もし、子育ての負担を少しでも軽くできたらどんなに良いことか。多くの親がそれを願いながらも、未だ打開策は見いだせないでいる。
海猫沢めろん氏著『キッズファイヤー・ドットコム』(講談社)は、未来の子育てを模索するまったく新しい育児小説。著者、海猫沢氏はホスト、DTPデザイナー、放送作家などさまざまな職業を経てデビューした異色の作家。本作は著者のホスト&子育て経験を生かして、『群像』で発表した小説2本をまとめた野心作。男性が子育てをするためにITの力を借りたらどうなるかという発想から、現代の育児を巡る問題点が浮かび上がってくる。この本は、ただのイクメン小説ではない。未来に向けた真新しい育児のあり方を提案する小説だ。
主人公は、ホストクラブの店長 白鳥神威。いつも通り歌舞伎町から帰った彼を家の前で待ち受けていたのは見ず知らずの赤ん坊だった。母親に心当たりは無いが、その子を育てることを決意した神威。常連客が離れていくピンチのなか、神威は、IT社長・三國孔明と一緒に、クラウドファンディングで赤ん坊を育てることを思いつき、ソーシャル子育てサイト〈KIDS-FIRE.COM〉を立ち上げる。
神威は、子育てで一番問題となるのは、結局のところ「金」だと考えた。そこで、クラウドファンディングと同じ要領で、子育てに悩む者が支援を求め、誰もが子どものパトロンになれるサイトを立ち上げたのだ。
もろちん、一般的なクラウドファンディングサービスと同様、〈KIDS-FIRE.COM〉では支援者は支援額に応じた返礼を受けることができる。たとえば、支援の「基本プラン」は50万円。返礼として、支援した子どもからの動画メッセージはもちろんのこと、成長記録を秘密のブログで一生閲覧でき、設置カメラでいつでも子どもの顔が見られるという。当然、「子どものプライバシーを切り売りした悪徳商法」との批判が相次ぎ、サイトは炎上。しかし、炎上したことによりサイトの存在は瞬く間に日本中へと広まっていく。
こんな風にクラウドファンディングで子育てをする未来が訪れるのだろうか。この本を読めば、あながち「ありえない未来だ」とは言い切れなくなる。子を持つ親、特に一人親は日々子育てに悩まされている現状がある。問題は数多くあれど、クラウドファンディングで救われる親がいる可能性があることは間違いない。
この本はホスト&子育てを経験した海猫沢めろん氏だからこそ、書けた作品と言えるだろう。子を育てるというのはどういうことなのか。親であることの孤独、葛藤、息苦しさ…。神威はITで日本の子育てを変えることができるのか? 男たちが育児の変革に挑む、新時代のイクメン小説は、大きな波紋を呼ぶに違いない。子を持つ人も、いずれ持つ予定の人も、子育てを卒業した人も、この意欲作には、現代の子育てに関するあらゆる問題を考えさせられるだろう。
文=アサトーミナミ