障がいをもつ兄を受け入れるということ―ダウン症の兄の日常を描く『ヒロのちつじょ』【インタビュー 後編】
公開日:2017/7/28
ダウン症の兄・ヒロの日常をまとめた『ヒロのちつじょ』(太郎次郎社エディタス)著者の佐藤美紗代さんは、10代の頃はヒロこと兄の佐藤洸慧さんを受け入れられず、家族の中で孤立することもあった。
そんな自分を乗り越えたのは、大学に通うために1人暮らしを始めたことが大きい。家族一人ひとりを客観的に見られるようになり、自身も落ち着いたのだと語った。
「高校を卒業するまではとにかく家を出たくて、だから自宅から通えない大学を選んだんですけど、そうすることで『あの時はああしてしまうのも、仕方なかったんだ』と思えるようになりました」
卒業制作用に描いたヒロの日常が「淡々としていた」のもあり、書籍化にあたり佐藤さんは「かこ」の章を加筆した。ヒロを受け入れられなかった10代の頃、彼のどんな行動にイライラしていたか。たとえば「家でズボンをはかずパンツ一丁」だったり、「食べるときにぺちゃぺちゃ音を立ててうるさかった」りと、確かに思春期の少女としては許しがたい行動を、ヒロはとり続けていた。
しかし今では「パンツ一丁なのは暑がりのせい(?)」「食事のさいに音が出るのは口内のかたちが独特で歯並びもよくないから」と、どの行動にも理由があることを理解し、それも文章にしている。最初からうまくいっていたわけではなく時には距離を置くことで、ヒロを思いやれるようになり、ともに成長していったことがよくわかる章だ。
ヒロの日常をクスっと笑ってもらいたい
佐藤さんが現在暮らすカナダでは、通信会社の広告にダウン症のモデルが登場したり、電動車いすに公的な補助があったりするそうだ。とはいえ健常者のペースに合わせて生きるのではなく、自分たちなりの活動を通して地域とつながる方が無理がないのではないかと、佐藤さんは言う。
「以前、鹿児島県にあるしょうぶ学園という、障がい者一人ひとりが創作活動をしている施設を見学したことがあるんです。そこで『無理に地域に受け入れてもらう必要はない。逆に園内にあるパン工房やレストランに来てもらって、地域の人をこちらに引き込む形でつながるのがいいと思う』と言われて、感動したんです。確かにヒロのようなダウン症の人がどこかの企業でいきなり働くのは、負担も大きいと思うんですよね。でもおばが以前、『30年ぐらい前は地域に障がいがある人がもっといて、一緒に遊ぶ中で健常者の子供が“彼らとどう接して、どう助ければいいか”を自然に学ぶ機会があった』と言っていたのですが、今の社会にはそういう場所がないような気がしますね。私は今後、発達障害の人をサポートするソーシャルワーカーになりたいと思っていますが、どういう形で支援するのが一番良いのか。ずっとそれを考えています」
ヒロもみっちゃん(佐藤さんの呼び名)が自分についてイラストを描いたことをわかっていて、自分の絵を指して「佐藤洸慧」と言っているそうだ。
「こちらが思っている以上に、ヒロのなかでアイデンティティが確立されているのかもしれないですね。でも同じ施設にいるカズオさんのイラストを指して『佐藤洸慧』と言ったこともあるので、私の画力もまだまだだと思いましたが(笑)。
今は一時帰国をして実家にいますが、一緒にいるとこれまで知らなかったことがたくさん起こるので、新しいヒロの一面を発見できるのが楽しいです。この本はダウン症がどんなものなのかを伝えたくてまとめましたが、ダウン症を知らない人はもちろんですが、障がい者の家族というと暗いイメージになりがちなので、クスっと笑って読んでもらえると私としては嬉しいなと。
ヒロは洗濯物をパサっとするのがとにかく好きで何度も繰り返しますが、私もシーツをパサっと広げる気持ちよさはわかるんですよ。ダウン症の人と接する機会がなかったり慣れていなかったりすると『何をするかわからず怖い』と思ってしまうかもしれません。でも一人ひとり違うし、それぞれにユニークな面や自分なりのこだわりがあるんです。そこをぜひ、ヒロを通して知ってもらえたらと思います」
取材・文=今井順梨