子どもが売り物のパンを素手でわしづかみ! 親の損害賠償は?

社会

更新日:2017/8/4


 先日、パン屋で家族連れが起こした“ある出来事”に居合わせたという人が、その様子をSNSに投稿したところ、多くの広がりと議論を呼び話題になりました。それは2、3歳くらいの子どもが、パン屋で売り物のパンをわしづかみにしてしまったため、親がパンの弁償として買い取りを申し出たところ、店側のほうが「小さい子がしたことだから」と言って、親からの弁償の申し出を断ったというものでした。

 さて、この“小さい子がしたこと”に対して法的には酌量の余地はあるのでしょうか。ベリーベスト法律事務所の弁護士・渡邉祐介が今回の出来事について法的な観点を踏まえて説明させていただきます。

“他人に生じさせた損害”の賠償義務……子どもの場合は?

 今回の出来事のキーとなるのは“小さい子がしたこと”という点。

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 民法では「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」(709条)と定められています。そのため一般に、わざと(「故意」)であれ、うっかり(「過失」)であれ、お店のパンをわしづかみして売り物にならなくしてしまえば、パン代金の損害を賠償する責任を負わなければならないのです。

 もっとも、これは大人がした場合の話です。子どもの場合について、民法では「未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない」(712条)と定められています。

 ここでいう「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能」は11歳〜14歳くらいで備わるとされています。本件の子どもは投稿者の話によると2、3歳くらいということでした。そうすると、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていませんから、子ども自身はパンをわしづかみした損害の賠償の責任を負わなくてもよいことになります。

子どもの親の監督責任は簡単には免責されない

 2、3歳の子ども自身が責任を負わないとすると、その子どものやったことによって損害を被ってしまった人は、泣き寝入りするしかないのでしょうか?

 民法には「責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない」(714条1項)と定められています。

 ここでいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」については、同じく民法に「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う」(820条)と定められています。つまり子どもの場合には、親権者である親が原則として責任を負うことになるのです。

 ただし、前述の通り「監督義務者がその義務を怠らなかったとき……は、この限りでない」というただし書きが定められていますので、“親がその義務を怠らなかったと認められる場合”といえるのであれば、親であっても例外的に責任を負わないことになります。

 それでは“親が義務を怠らなかったと認められる場合”は、どのような場合なのでしょうか。

「パンをわしづかみした子ども」の親には賠償責任がある

 2、3歳の子どもといえば、何でも触って確認したがる年ごろです。ましてや、おいしそうなパンなら、なおのこと触りたくなったことでしょう。また、パン屋では多くのパンが包装されずに並んでいるものです。そのような場所で2、3歳の子どもを連れて自由に行動させていれば、子どもがパンに直接触ってしまうという事態は、十分に予測できます。

 しかし、親が子どもに「パンには触っちゃダメ」と事前に注意していた程度では“親が義務を怠らなかった”とは言いにくいです。まだ2、3歳ほどの子どもです。たとえ親が事前に注意していたとしても好奇心が勝ってしまい、パンに触ってしまうことは、容易にイメージできるはずです。

 本件の親は、片方の親が子どもと一緒に店外で待っているか、店内に入るとしても抱きかかえるなりカートに載せるなりして、子どもの手が物理的にパンに届かないようにすることは簡単にできたのではないでしょうか。そうすれば、パンのわしづかみは避けられたように思われます。

 今回の場合、親が“その義務を怠らなかった”とは言えないでしょう。お店の人が親切に対応してくれたとはいえ、法的には、親がパンの代金分についての損害賠償責任を負う義務があったといえるでしょう。

 親には法的に子どもの監督義務があります。今回お話した家族は、民法の規定を知ってか知らずか、法に定められたルールに沿って行動をしていたわけです。自らすすんでパン代金の賠償を申し出たからこそ、このパン屋さんも寛容な対応をしてくれたのかもしれません。法は当事者間に争いが起きてしまったときに事態を収めるために登場しますが、今回のように適切で道徳的な判断がなされることで、法が登場するまでもなく、SNSで反響を呼ぶような気持ちよいかたちで事態が丸く収まることもあるようです。

 小さい子がしたことだから──この言葉は本来、迷惑をかけられた側の善意によって発せられるものです。もし、親の側から「小さい子がしたことだから」と免罪符的に言いだすようなことがあれば、それは法的な観点からしても、おかしな話です。

 今回の“パン屋さん事件”は、私自身も日ごろ向き合っている法についてだけでなく、子どものしつけや親としてのあり方についても、あらためて考えさせられる出来事でした。

監修:リーガルモール by 弁護士法人ベリーベスト法律事務所

文=citrus 弁護士 渡邉祐介