「農業の固定観念を壊したい」日本の農業を救うのは“ヤンキー魂”!? 【インタビュー】
公開日:2017/8/15
鉈出殺殺。いかにも凶悪な字面である。しかしその読み方は「なたでここ」。ちょっとかわいくておいしそうだ。量販店や学校給食向けなどに小松菜を生産する農業生産法人、「ベジフルファーム」代表の田中健二さんは、かつてその「鉈出殺殺」なる暴走族の初代総長だった。
さぞいかついか、と思いきや本人は読み方同様、極めてマイルドで味わい深そう。とはいえ筆者の勝手な思い込みかもしれないが、派手好きでこらえ性がなさそうな元ヤンが地味で地道な農業に取り組むとは、紆余曲折があったのでは?
「日本の農業を救うのはヤンキー魂!」と高らかにうたい4月に『ヤンキー村の農業革命』(宝島社)を出版した田中さんに、ご自身と農業の未来についてのお話を伺った。
■農業で一番大事なのは「土地」
田中さんの名刺の裏側には、一面にわたり大きな字で「謀反」とある。何がどう謀反なのだろうか……?
田中:実家はインザイグループっていう青果の仲卸や流通をしている会社で、ベジフルファームは社内ベンチャーのような形で始まったんです。僕は子供のころから市場に出入りしてきたので、野菜の生産以降の流れは知っていた。でも生産のことは知らなかったので「じゃあ野菜も作っちゃえば、全部自分でできるじゃん!」と思いついて。そんな形でベジフルファームを始めたのだけど、これってもしかしたらインザイグループの既存事業を否定することにもつながるかなと思ったので、「じゃあ謀反かな」と(笑)。そんな思いつきからです。
田中さんにとってはこれが2冊目の本となる。かねてより「パンチパーマ優遇」「タトゥーOK(シールはNG)」などの元ヤン積極採用や、チョウザメの養殖にも取り組む姿がメディアで取り上げられてきた。しかし本人は決してインパクトを狙うのでも、ふざけて農業をやっているわけでもないと語る。自身の経歴よりも、農業の魅力と可能性について知ってほしいから、今作を書きあげたそうだ。
田中:本読むのは好きだけど出すなんて思っていなかったし、うちは変わったやり方をしていると思うけど、ふざけているわけではないんです。
僕は子供のころからスケボーが好きで、自宅にスケボー用のランプを作れたらいいなとは思っていたけれど、余っている土地で農業をやりたい気持ちのほうが上だったんですよね。ベジフルファームの畑がある千葉県富里市は鉄道の駅が近くにないから人口も少なく、土地が余っていたからうってつけで。さらに専業農家が多いので、農業について豊富な知識をもっている人が多く、農薬の最新情報も手に入りやすかった。
今ではカメラとパソコンがあれば農業ができる時代になったけれど、最終的には土地があって人がそこにいるから作物が育てられると思っていて。日本にはこんなに土地が余っています、そこで農業をやれますよということを言いたくて、本をまとめました。
■「食べる」以外の野菜の可能性を追求したい
青果の流通や仲卸については知識があったものの、生産についてはいちから学んでいくしかなかった。がむしゃらに働く中で出会った人たちが力になってくれたし、日本の農家が抱える問題点も見えたそうだ。
田中:僕らは野菜を育てる技術が最初はなかったから、かぼちゃみたいな重くて手間のかかる野菜を悪戦苦闘しながら作っていましたけど、先輩達が「一緒に小松菜を作ろう」と言ってくれたことで、未来が拓けました。農家さんのほとんどが、生産して納品した後の売り方を知らないのだけど、僕は知っていた。でも僕は納品前のことを知らなかったので、ギブ&テイクではないけれど、互いに情報を出しながら農家秘伝の作り方まで教えてもらって。それがあったから今があります。
うちにはベトナムからの研修生もいて、彼らとできる限り月1回は飲む時間を作っています。忙しいときにはできないこともあるのですが…。外国人研修生には「つらい仕事だけど金払っているから」ではなく、フォローとコミュニケーションが必要だと思うんです。
あとは僕、農業の固定観念を壊したいんですよ。だから早起きせずに朝8時に起きて夜8時まで作業してます。従業員にもどんどん休め、仕事が終わったらさっさと帰れと言っています。本当は土日を休みにしたいけど、天候で左右される仕事なので難しいんですよ。さいわい繁忙期には快く協力してくれる従業員も多いので、本当に助かってます。中には「アキバでイベントがある日は絶対外してくれ!」って言ってる奴もいますけど(笑)。
汗をかいて作業をすることで、中性脂肪も下がって夜はぐっすり眠れるようになったと田中さんは笑顔を見せる。いわく「農業は日本の社会保険料の抑制とコメ不足の解消に役立つ」そうだ。
田中:農業で汗をかくようになったら中性脂肪が平常値に戻ったけど、1日5食は食べてます。米を昼に2膳食べておやつにおにぎりを食べて、家に帰ったら飲みながらガンガン食ってますもん。それでもいたって健康。農業は社会保険料の抑制とコメの消費に一役買うのではないかと思います(笑)。スポーツジムにわざわざ行かなくても健康になれるし、富里は土地代が安いから家賃もかからない。別に富里でなくて自分の田舎でもいいので、「農業をやってみたいな」と思ったら、まずは一度農業生産法人に見学に行って始めてみたらと言いたい。収入は会社勤めより減るかもしれないけど、疲れて飲みに行く余裕もなくなるから飲み代が浮くし、スーツ代もかからない。僕も大して儲かっているわけではないけれど、やめないで続けようと思っています。「あきらめない」というとかっこつけすぎだから、ずっと作業着で畑にいる人でいたいなと。
今後の目標は、今のスタイルを維持しながら新しい拠点を作ることと、「食べる以外の野菜の可能性を追求する」ことだという。
田中:機械化をしたり加工工場を造ったりするのも憧れますけど、たいがいコケてるからこのスタイルでいい(苦笑)。拠点は北海道と九州にも欲しいので、今いる従業員を育てて現地を任せられたらと思ってます。その土地でしか作れない野菜があるため、気候が違う地方に拠点があれば幅が広がるので。でも今、千葉県内に富里のほかに流山にも拠点があるんですけど、分散させたら結構大変で。思った以上にバタバタしていてヤバいんです(笑)。
あとは生産と卸以外にも野菜には可能性があると思うので、野菜を全然違うものと結びつけたくて。僕、今「色」にとても興味があって。たとえば小松菜の緑やにんじんの淡いオレンジ色ってとてもきれいだから、野菜の天然色を使うビジネスに興味があります。色見本に「小松菜色」が載っちゃうみたいな。誰かの受け売りなんですけどね(笑)。色以外にも「小松菜の成分で鉄を錆から守る!」みたいなのができたらいいなって。こういうアイデアを考えてる時が、一番楽しいんですよね。
インパクト勝負どころか、田中さんの極めてまじめに取り組む姿が伝わってくる。農業をしていなくても、仕事に悩んだら手に取りたい一冊だ。
取材・文=今井順梨