累計80万部突破の八咫烏シリーズ、ついに第一部完結! その読みどころは?
更新日:2017/11/12
松本清張賞を史上最年少の20歳で受賞した阿部智里さん。デビュー作『烏に単は似合わない』(文藝春秋)に端を発する和風ファンタジー「八咫烏」シリーズは、緻密に張り巡らされた伏線の数々、あいつぐどんでん返しの展開、そして精緻につくりこまれた異世界を縦横無尽に動き回る魅力的なキャラクターが人気を呼んで、累計80万部を突破。
7月28日に発売された6作目『弥栄(いやさか)の烏』でついに第一部完結を見たが、ここでその複雑な世界観と人間ならぬ烏模様をおさらいしておきたい。
まず舞台となるのは、山神によって創られた〈山内(やまうち)〉と呼ばれる異界。そこに生きるのは人間の姿に変化する八咫烏の一族だ。彼らを統治するのが、金烏(きんう)と呼ばれる宗家の長・奈月彦(なづきひこ)。本シリーズの中心にも位置する人物である。1巻では、四人の姫君のうち誰が彼に嫁ぐのかという入内バトルをメインに、山内にその世界観と八咫烏たちの暮らしを映し出した。その裏で、奈月彦自身が何をしていたのか描いたのが2巻。ここでもう一人の主人公である、奈月彦の従者・雪哉が登場する。生まれに複雑な事情を抱えた彼と、真の金烏と崇められながらも周囲にどこか敬遠されている奈月彦の、出会いの巻である。
そして物語は、第3巻『黄金(きん)の烏』で大きく動きはじめる。八咫烏たちを喰らう凶暴な大猿が山の外側から侵入し、その退治に奔走する雪哉たちなのだが、やがて金烏――奈月彦が抱える本当の役割を知り、世界の謎に迫りだすのだ。
5巻『玉依姫』では、山神に贄として捧げられる女子高生の志帆が登場し、我々の住む現実世界と物語がリンク。山神と大猿のもとで彼女を監視するのはなんと奈月彦だった。いったいなぜ、彼が? そもそも人間と八咫烏にはどんな関係が? 山神っていったい? さまざまな謎を残し、異世界ファンタジーから現代の神話へと物語の様相を変えた5巻。そのすべての謎に一応の終止符が打つのが、このたび発売された『弥栄の烏』というわけだ。
「『玉依姫』は山内の外側で起きていたことを、志帆と山神を中心に描いていましたが、今作はその裏で八咫烏たちに何が起きていたかという物語。構図としては、1巻の入内バトルの裏で奈月彦が何をしていたか、従者の雪哉を中心に描いた2巻と似ていますが、どの巻から読んでも単体の物語として楽しめるように書いていた既刊とちがって、今作は『玉依姫』を読まなければわからないつくりになっています。最終巻となる今作だけは、張ってきた伏線をいかに美しくとりこぼさずに回収するかが重要でしたし、あえて既刊に依存する形で書きました」という著者・阿部さん。
さらに、『黄金の烏』のあとですぐさま大猿との決戦に進まず、雪哉が武官訓練校に通う学園物語を描いたことについても、「それもすべて『弥栄の烏』に至るまでの伏線です」と語る。「そこ(4巻『空棺の烏』)を経ないと、6巻の雪哉にたどりつくことはできなかった。もっと言えば、彼がどうなるかを暗示する伏線は2巻の頃から張っているんですよ」雪哉は6巻で、大猿との戦いを経て山内の真実を知り、これまで信じてきたものを見失う。その姿は、どこか弱くあぶなげだ。だがそれさえも、第二部へ向かうための新たな伏線なのである。
「希望のある物語だからといって、ハッピーエンドであるとは限らないし、主人公が幸せになる必要もありませんからね。どんな人生であれ、雪哉には頑張って生きてほしいと思います」
第二部に向けて、まだまだ回収していない伏線はたくさんあると笑う阿部さん。6巻では大猿との決戦模様を楽しみつつ、いまいちど1巻に立ち返り、第二部への新たな展開を夢想してみてほしい。
取材・文=立花もも