出産とは何か? 育てるとは? 途上国のリアルなお産と育児の実態―代理母出産、人身売買、レイプ、差別…
公開日:2017/8/11
世界には文化や歴史が異なるさまざまな国がある。豊かな国もあれば、貧しい国もある。平和な国もあれば、明日のことさえわからない中で暮らす国もある。そんな多様な環境を持つ世界で今この瞬間にも産声をあげているかもしれない新たな命は、どのように誕生し、育てられているのか。
途上国のスラムや紛争地域などに何度となく足を運び、貧困や紛争、差別といった国内外の問題への取材経験を持つノンフィクション作家・石井光太氏が、さまざまな事情と劣悪な環境の中でお産や育児を行う途上国の親子の姿を3年超の取材をもとに書いたルポがある。『世界の産声に耳を澄ます』(石井光太/朝日新聞出版)だ。
著者は35歳で初めて父親としてお産に立ちあったとき、恵まれた国・日本で出産をした妻が子どもへ向けるまなざしに、かつて出会った途上国の人々の姿を感じたという。そして“子どもを産んで育てる”という人間の基本的な営みにある表層的ではない大切なものをもう一度見直したいという想いと、そんな過酷な環境の中でも笑顔を持てる親子の源泉とは何かを探るために旅に出る。
本書では海外の出産や子育ての現状が明らかにされている。代理母として子を産む女性、アルビノという病気を持って生まれたことにより命を狙われる子どもたち、紛争の中で兵士にレイプされて身ごもる女性、HIVで親を失った孤児など厳しいリアルな光景がそこにはあるのだ。
タイでは代理母として出産をした女性を取材する。タイの代理母出産といえば、代理母により授かった双子のうち健常者である女児だけを連れ帰り、ダウン症の男児を代理母のもとに置き去りにしたオーストラリア人夫婦の事件あった。日本の上場企業の創業者の息子が生殖医療サービスを利用して卵子バンクの卵子と自分の精子を掛け合わせ続け、少なくとも16人の子どもを誕生させていたという事件もある。
代理母出産による犠牲と悲劇は絶えない。生まれた子どものためにも今後確立したルール作りが求められることに間違いはないだろう。しかし、このようなニュースの表層だけを見て、代理母出産を選択した人々に対して偏ったイメージを持つというのは安直ではないのか。そう考えさせられる複雑な現実を目の当たりにするのが本書である。子を授かれないことに重く苦しみ悩む人たちの想いを受け現地でサポートを行う日本人の話や、代理母で手に入れたお金を心臓病の息子と母親の治療費、そして残りのすべてをお寺に寄付した女性の想いと姿に、あなたは何を感じるだろうか。
約1万7000人に1人の頻度で発症するとされる「アルビノ」という疾患。生まれつきメラニン色素が欠乏し肌や体毛が白くなってしまう病気だ。アフリカ・タンザニアでは現在も呪術信仰が残っていてアルビノの白い体は呪術に効くという迷信が信じられている。そして呪術への使用のために殺害されたり、指や性器を切り取られたりする事件が続出し、大統領がテレビ演説で注意を促しているという。
本書ではアルビノとして生きる人々や家族へのインタビューにより明らかにされた悲惨な現状が紹介されている。白い肌の子は高値で売れると親戚の男に無理やり誘拐されそうになり、鉈(なた)で片腕を切り落とされ奪われた男性。白い肌を持つことから母親が牛と交わって生まれた子どもだと蔑(さげす)まれ差別を受けた男性もいる。特に医療の知識が乏しい地方で多く起こる悲劇的事件の数々は読むに痛ましい。
ところがそのような中に遺伝する可能性のあるアルビノでありながら出産をした女性がいる。自らが苦しい体験を数多くしながらも悩み抜いた挙句に子を産むことを決断した女性の想いからは出産や命が持つ力強さや希望が感じられる。
著者はいう。戦争や貧困、病気など自力ではどうすることもできない現実の中で生きる彼らだが絶望することはないと。不条理を打ち破ることができる可能性を秘め、無限の力を持った子どもを未来へつなぐことで希望を見出そうとし、その営みが笑顔を生み出す源泉となっているのだろうと語る。
すべての命の誕生が必ずしも両手をあげて祝う環境の中にあるとは限らないのが現実だ。しかし、それでも新しい命は誕生する。そして、その命が尊い存在であるということに変わりない。本書で自分の姿と重ねながら命について、命がこの世に生まれる瞬間に必ず存在するたくましい母の力や親が子に抱く想いについてあらためて考え、感じてみてはいかがだろうか。
文=Chika Samon