テレオペ、保険外交員、デリヘル嬢…。生きるために辿り着いた先にあるものは――魂を震わせる社会派ミステリー『絶叫』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/11

『絶叫』(葉真中 顕/光文社)

 今年3月に文庫化された『絶叫』(光文社)が、順調に版を重ねている。

 同作はミステリー界の新鋭・葉真中 顕が2014年に発表した長編。吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞にノミネートされ、「週刊文春」ミステリーベスト10では6位にランクインするなど、刊行直後から話題となった作品である。

 評者がこの作品を出会ったのは単行本の刊行直前のこと。雑誌『ダ・ヴィンチ』で著者にインタビューすることになって、同作のゲラ(=校正刷り)の束を編集者から手渡されたのだった。500ページを超えるボリュームに一瞬気圧されはしたものの、臨場感あふれる死体発見シーンに即座に心を掴まれ、怒濤のラストまでたちまち読み終えてしまったのを今でもよく覚えている。

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 作品冒頭、都内の単身者用マンションで女性の死体が発見される。死体は一部が白骨化し、その周囲を10匹ほどの猫の死体が取り巻いている、という異様な状況だった。どうやら飼い主の女性が孤独死を遂げ、ペットがその肉を食い荒らしてしまったらしい。やがてマンションを借りていた女性の名前が判明。刑事の奥貫綾乃はその人物の戸籍を確認するため市役所へ足を運び、そこで意外な記載を目にする。これはありふれた孤独死ではない、そう直感した綾乃はさらに捜査を進めてゆくのだった。

 本書は大きく分けて3つのパートから構成されている。ひとつは孤独死体にまつわる謎を追う綾乃を描いたパート。もうひとつが部屋を借りていた女性・鈴木陽子の人生を幼少期からたどったパート。そして江戸川区で発生したNPO法人代表者殺害事件にまつわる、関係者の証言や供述を収めたパートだ。

 並行して語られてゆく3つのパートは、やがて意外な形で重なり合い、ある全体図を浮かび上がらせる。この絶妙な構造が本作のミステリーとしての肝である。無関係に思える各パートがどう繋がるのか、推理しながら読み進めるのも一興だろう。

 その一方で本作はブラック企業、貧困ビジネス、無縁社会、女性の貧困など現代日本の問題の抱える問題を扱った作品でもある。

 陽子は団塊ジュニア世代のひとりとして、地方の平凡なサラリーマン家庭に生まれ育った女性だ。ところが父親が多額の借金を残して失踪したことから、安泰と思われていた人生は崩れはじめる。結婚を機に上京して主婦となった陽子は、やがて離婚を経験。生活のためコールセンターのオペレーター、保険会社の外交員、そしてデリヘル嬢へと職を転々とすることになってしまう……。

 本書が恐ろしいのは、これが誰の身にも起こりうる“ありふれた”現代の不幸の形だからだ。陽子は決して大きな過ちを犯したわけでも、過ぎた望みを抱いたわけでもない。特に優れたところも劣ったところもない、ごく平均値のキャラクターだ。それがちょっとした偶然の重なりによって奈落の底へ転落し、二度と這い上がれなくなる。本作はリアリティあふれる筆致によって、セーフティネットなき現代社会の危うさをこれでもかと突きつけてくる。

 比較的ゆったりとスタートする物語は、中盤あたりから徐々にサスペンスの度合を増し、やがて怒濤のクライマックスへとなだれ込んでゆく。そしてその先に待ち受ける、驚きと意外性に満ちたラスト。陽子が“奈落”の底で手に入れたものは一体何だったのか? 現実に存在する闇を描きつつ、フィクションにしか許されない形でそれに対峙してみせたこのラスト数十ページの展開こそ、本作最大の見せ場といっていいだろう。今回文庫化されたのを機に久しぶりに再読してみたが、やはりラスト数十ページにさしかかったあたりで思わず感嘆の声をあげてしまった。

 鋭い社会意識とトリッキーな構成、そして小説としての普遍的な感動をそなえた本作は、見逃すことのできない社会派ミステリーの傑作だ。あまりに恐ろしく残酷な、でも他人事ではないこの物語をぜひ手にとってみていただきたい。

文=朝宮運河