なぜ空腹だと眠れない?「睡眠負債」にならないために…知っておきたい、睡眠のあれこれ
更新日:2020/5/8
■野生動物が覚醒する理由は?
では、どんなときにこのオレキシンが、活発化するか。3つの要素がある。ひとつは、「体内時計」。朝になるとオレキシンが視床下部から供給される。視床下部とは、身体の恒常性(体温・血圧・呼吸の維持)を司る部位だ。満腹感や空腹感を司る「摂食中枢」もここに存在する。そのためオレキシンは食欲とも深く関係している。
空腹で目が冴える例は、赤ちゃんにたとえると分かりやすい。赤ちゃんは1日の大半を寝て過ごすが、ミルクが欲しくなると起きて泣く。そしておなかがいっぱいになると、また眠る。この赤ちゃんの眠る・起きる・食事するというサイクルはオレキシンが作用することで生まれるのだ。
同様に野生動物にもオレキシンの働きを見て取れる。肉食動物は空腹になると、エサを探さなければならない。エサを探すには、覚醒レベルを上げて、意識をクリアにし、交感神経を興奮させて、身体機能を上げなければならない。エサを探す行動には、危険がつきものだからだ。
一方、草食動物は睡眠時間が短い。それは低カロリーの植物をエネルギー源とするため、十分な栄養を取るには覚醒している時間を多くし、食事にあてなければいけないから、という説もある。また草食動物は肉食動物に捕食されるという危険もあり、身を守るために覚醒を維持する必要も考えられる。危険や不安、つまり「情動」もオレキシンを活発化させる要素だ。
■眠っている姿こそヒトの本性か?
つまり我々人間が空腹で寝られないのは、かつて野生動物だったときのなごりである。また、満腹になると眠くなるのも、このオレキシンの働きによるものだ。よく「食後は消化器官へ血液が集中するため眠くなる」といわれる。けれども脳は、全身でもっとも血液が必要な器官である。もし大量出血があったとしても、脳に血液を集める機能が備わっている。
食後の眠気は、血液ではなくオレキシンの仕業なのだ。食後、血糖値が上昇するにともない、脳脊髄液のグルコース濃度も上昇。するとオレキシン作動性ニューロンの活動が一時的に弱まる。
このように「起きる」という行為は、「食べていくため」もしくは「食べられないため」に必要だ。こうした睡眠と覚醒の関係を見て、櫻井氏は次のように述べている。
極論すれば、動物やヒトにとっては「睡眠している」状態こそがデフォルトであり、特別に必要なとき(つまり注意や行動が必要になるとき)に、「無理をして」起きているのだという考え方もなりたつ。…
睡眠/覚醒の切り替えのスイッチとなるシーソーは、通常は睡眠の方に傾いていて、オレキシン作動性ニューロンが覚醒システムを手助けすることによって覚醒側にスイッチが切り替わる…
いかがだろうか。「人間は考える葦」といわれるが、思考が可能な覚醒状態ではなく、実は寝ている姿こそ生き物本来の自然な姿なのかもしれない。驚きの考察である。
人体は本当に不思議の集合体である。睡眠ひとつを掘り下げてもヒトの在り方の新たな一面を見せてくれる。いまだ解明されていないことが多い睡眠の分野だが、さらに研究を重ねることで、ヒトの可能性を広げてくれるだろう。
今回は、「起きる」ことから見えてくるヒトの新たな姿に焦点を当てたが、櫻井氏の著書は、実に幅広く睡眠について網羅している。睡眠の種類、その役割など基礎的な情報がすべて詰まっているといっても良い。またこの度、改訂新版として大幅加筆された部分も注目だ。
脳内には老廃物を自浄する「グリンパティックシステム」という機能が備わっているそうだ。認知症の原因となる老廃物を夜、寝ている間に脳脊髄液の流れにより取り除いてくれるという。また、今流行の「睡眠負債」に該当する脳内物質を解説するなど、知的好奇心を刺激する内容が満載だ。
眠りを知れば、覚醒の時間を有意義に過ごすことができる。眠りで困っている人も充実した睡眠を取りたい人もぜひ手に取ってほしい一冊である。
文=武藤徉子