海外に出て、自分が日本人であることを思い知った――第3回「次にくるマンガ大賞」Webマンガ部門4位!『サトコとナダ』ユペチカさんインタビュー【後編】

マンガ

公開日:2017/8/25

『サトコとナダ』(ユペチカ/星海社)

 Twitterで毎日更新している「ツイ4(よん)」で連載中のマンガ『サトコとナダ』。前回から続く作者・ユペチカさんへのインタビュー後編は、作品を描く上でのこだわりについて尋ねてみた。

 インターネットが普及した今、検索すれば知識を得ることはできるものの、イスラム圏をはじめ異国へのイメージは今一つピンと来ない。実体験をベースにした『サトコとナダ』の物語は、すんなりと分かりやすく読者の中に溶け込んでいる。と同時に、断片的な知識による先入観が、差別や偏見を生む危うさも描かれている。

 アットホームに描かれている世界観の裏側で、日々感じている苦労や思いとは。物語の今後についても含めて、話を伺ってみた。

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▶前編:自分の世界から飛び出すきっかけになれたら――第3回「次にくるマンガ大賞」Webマンガ部門4位!『サトコとナダ』ユペチカさんインタビュー【前編】


――『サトコとナダ』は、ご自身もイスラム教徒であるジャーナリストの西森マリーさんが監修をされていますね。

ユペチカ: そうですね。西森さんにはいつも私の原稿を2回見ていただいてます。

林: まずネームの段階で見ていただいて、ペン入れして完成した状態の原稿も最後に見ていただいています。

――2回はすごいですね。主にどんな部分をチェックされているのですか?

林: やはりイスラム教の戒律についてですね。たとえば第72話の「聖典の禁忌」というエピソードでは、ネーム段階ではコーラン(イスラム教の聖典)をばっちり描いていました。でも、コーランはとても神聖なものなので、最終的には直接描かないようにフレームアウトしたことがありました。

――なるほど。

林: また最近だと、ペン入れした後にナダが裸足だったことが判明してNGになったことも。そういった部分はネームだけでは分からないので、細かいところも見ていただいています。

ユペチカ: 西森さんには本当に感謝しかありません。最近だとポリティカル・コレクトネスが話題になりましたが、先ほどのコーランのお話のように、私が普通だと思ってても違う立場の人からしたらすごく失礼なこともあったりして。また、同じイスラム教でも地域によって寛容だったり厳格だったりすることもあります。私もいろんな視点から見て問題がないよう気を付けていますが、西森さんが監修してくださってはじめて気づかされることもありました。

――そういえばユペチカさんが当時仲の良かったイスラム圏のお友達って、マンガを描いていることをご存じですか?

ユペチカ: はい。名前を借りた友人もいれば、ちょっと顔立ちを借りた友人もいるので。単行本が出たから送らないと……(笑)。

――けっこう身近なところからアイデアを拝借しているんですね。

ユペチカ: そうですね。ナダは複数の友人をマッシュアップしてできたキャラクターなので。話をしてもらったりとか、友達としてチャットしてくれたりとか、すごく良い子たちですよ。

――じゃあ原稿を読んで意見や感想をくれたり。

ユペチカ: いやもう全然。見せてないんです、私が(笑)。

――どうして見せないんですか(笑)。

ユペチカ: ちょっとそれは恥ずかしさもあって……。でも、描いてることも、私がそういう話を聞きたがってることも知ってて、協力してくれています。

――実際に「ツイ4」に書かれているコメントもそうですが、読者の方の色々な反響を聞いていかがですか?

ユペチカ: やっぱり自分の作品のコメント欄は気になって読んでいて、マンガを描くモチベーションになります。時々、私よりムスリムに詳しい方がいたりして、この方が描いた方がいいのでは? って思うこともありますけど(笑)。

林: 反響と聞いて、ちょっと親バカみたいな話になっちゃうんですけど、前に書店様から「今までイスラム教に対して怖いイメージを持っていたんですけど、これを読んで変わりました」というお言葉をいただいたことがありまして。そこでユペチカさんが描いたあるエピソードを思い出して、妙に納得したことがあったんです。サトコがバスに乗るエピソードなんですけど……。


――第79話「モヤモヤ」のエピソードですね。

林: あれって、サトコは「差別された」と思ってたけど、実際は現地のルールを知らなくて被害妄想になっていたという話ですよね。自分は差別なんてしないと思ってたサトコ自身が一番差別をしていた。そのことに彼女がショックを受けるというこのお話が私はすごく好きなんです。イスラムの人って怖いよね、冷たいよね、話しかけづらいよね、っていう先入観もある種の差別なのかなって。ユペチカさんがこういう視点を持って作品を描いているところ、控えめに言って「最高だな」って思っています!

ユペチカ: 嬉しいです。世間では悲しい事件もあって様々な噂やイメージが広がっていますが、ナダみたいなムスリムも被害者の一人なのかなって感じていて。ふわふわって『サトコとナダ』を楽しそうに描いてますけど、それを見て海外のことを学んだり、他者とふれあう楽しさを感じてくれたらって思います。

――自分が変われば見方も変わるといった意識の変化って、実際に海外で過ごしていて感じたことがありましたか?

ユペチカ: ありましたね。たとえば留学って、異国の世界を学びに行くわけじゃないですか。でも、それは同時に自分の文化を紹介することにもなって、逆に日本にいるときよりこの国のことを勉強しないといけなくて。同じエピソードをナダに言わせたことがあるんですけど、外に出て客観的に自分を見つめる機会を得たときに、自分が日本人であることを思い知るんですよね。

――ちなみにユペチカさんが異国の文化で一番ビックリしたことは?

ユペチカ: なんだろう。ホントに些細なことなんですけど、スーパーで買う前に包装紙やぶいて食べてることかな……。ぶどうとかも房ごとパクパク食べてて「ええー」って。

――第22話でサトコが知らない男性の車に乗ってしまったエピソードがありますが、あれは実体験?

ユペチカ: これは違いますね(笑)。


――ユペチカさんがマンガを描くときに影響を受けたものってありますか?

ユペチカ: 私の汚い画で参考にしてますなんて恐れ多いのですが、私はトーンの使い方があまり得意ではないので、トーンを使わずにどうやって表現すれば良いのかっていうお手本で古いマンガを参考にしています。いつも机の隣に置いて見ているのは、宮崎駿さんの『風の谷のナウシカ』や、手塚治虫さんの作品ですね。あんまり活かされていないんですけど(笑)。

――今後の展開も気になるところですが、物語の着地点はある程度すでにイメージされていますか?

ユペチカ: 一応、あります。ゴールみたいなものは決めていて、今はそれに向かってどういう経緯で進んでいくのかは分からないですけど、最終的に近付けるようにと思って描いています。担当さんとはかなり初期の時点から構想をお伝えしていました。結末はお伝えできませんが、ハッピーエンドになると思います(笑)。


林: 素直にとても素敵なラストだなと思ったので、すぐに「それしかないです。そのラストにしましょう!」と言いました。でも、編集側としてはなるべく終わりを見ないですむように、できるだけ素敵な遠回りをしていただけたらと!!

ユペチカ: 「ツイ4」さんが描かせていただけるなら(笑)。でも、西森さんやデザイナーさん、編集さんなど、すごくたくさんの方々のご協力をいただいて形になった作品なので、投げっぱなしで終わることは絶対にしたくないなって思っています。どういう結果になったとしても、ラストまできれいにまとめられたら嬉しいです。

取材・文=小松良介