「本当か嘘か」ではなく「信じるか信じないか」―「ポスト真実」にどう対抗すべきか?
更新日:2017/8/29
メディア・アクティビストの津田大介氏と日本の文化・文学研究者の日比嘉高氏による『「ポスト真実」の時代 「信じたいウソ」が「事実」に勝る世界をどう生き抜くか』(祥伝社)は、トランプ政権誕生前後からのアメリカやEU離脱を巡るイギリスの国民投票などを通して、いわゆるポスト真実的な言説がどのように蔓延していったかを詳細に解説している。
ポスト真実とは何か。同書ではオックスフォード英語辞書の定義から
と説明している。
イギリスのEU離脱を巡る国民投票では、離脱派は「EU加盟国としての拠出金の額は週3億5000万ポンド(2016年6月のレートでおよそ480億円)もあり、そんな金があるなら国民医療サービスに使おう」と訴えていた。しかしイギリスは、EUへの拠出金に対し、特例的な払い戻し措置を受けている。さらに農業政策などの補助金も受け取っていることから、実質的な拠出金額は週あたり1億3600万ポンド(約190億円)だった。3億500ポンドは間違いだと指摘されたにもかかわらず、結果はEU離脱派が勝利している。嘘を信じ続けた人が、少なからずいたのだ。
また2017年1月、トランプ大統領の就任式に集まった人はオバマ前大統領の時に比べたら明らかにスカスカだったのに、大統領報道官が「就任式に集まった人数は史上最大だった」と発言し、批判を受けた。にもかかわらず大統領顧問のケリーアン・コンウェイは「オルタナティブ・ファクト(もう一つの真実)を伝えたのだ」と、トンデモ説を述べている。このような点を踏まえて日比氏は
ポスト真実の時代で問題となる「嘘」は、その背後に「真実」や「事実」がない。それは、本当か嘘かではなく、信じるか信じないか、という基準において秤にかけられるのである。
と、ポスト真実の世界においては事の真偽ではなく、信じるか信じないかが焦点になっていると分析している。
日比氏によるとポスト真実は2016年に誰にでもわかりやすい形で急浮上したものの、社会的な分断が深刻な問題として論点化されたのは2000年代半ばだという。ポスト真実の社会を構成する要素には「ソーシャルメディアの影響」「事実の軽視」「感情の優先」「分断の感覚」の4つがあるが、確かにソーシャルメディアの影響が強く表れたのはここ数年のことだろう。トランプ大統領が積極的にツイッターで真偽取り混ぜた発言をしているのを見てもわかる通り、SNSがポスト真実を蔓延させる要因になったことは、津田氏も指摘している。
その津田氏こそがソーシャルメディアの普及とともに広く言論を伝えてきた1人だが、彼は第4章で、ツイッターの創業者の1人で今は同社を追われたエヴァン・ウィリアムズの
「インターネットは壊れてしまったと思う。[…]ツイッターがトランプ大統領を誕生させてしまったのであれば申し訳なく思う」
という言葉を引用し、「ポスト真実」情報が蔓延するようになったソーシャルメディアがいつの間に、崖っぷちの道に迷い込んでいることに言及している。
では1人1台スマホ所有が当たり前のこの時代、ソーシャルメディアを活用しながらも、「ポスト真実」とどう対峙していけばよいのか。
日比氏と津田氏は第5章の対論の中で、ヘイトスピーチやフェイクニュースを扱うサイトに広告を出している企業の責任について語っている。しかしこれらが一向に止む兆しがない中、個人にできることはあるのか。「ニュースの出元を確認する」「自分がフィルターバブル(サーチエンジンの学習機能などにより、好ましいと思う情報ばかりが提示されてしまうこと)の状況の中にいるという自覚を持つこと」「相容れない思想に友人が染まった時、切り捨てるのではなく実際に会って言葉を交わすこと」などの方法を提示しているものの、「ネットで真実」に染まりきった相手を説得するのは、決して容易なことではない。そこはもう一歩踏み込んだ議論が欲しかったと思う。
また日本のウェブ空間における虚偽情報の蔓延への言及も、もっとあってもよかったのではないか。
たとえば2015年7月、在留管理制度が変更されることによって、多くの在日韓国・朝鮮人が期限までに在留カードへの切り替えができなかったというデマがネット上で流れたことがある。これを理由に、法務省の入国管理局に「不法滞在だ」という通報メールが多数届いたが、特別永住者は外国人登録証明書の更新期限までに切り替えれば良いことになっていた。対応に追われた法務省は当時、期限切れ後に申請しても在留資格を失ったり、強制送還されたりすることはないというコメントを出す羽目になった。
日本でも出どころ不明な「ポスト真実」を真実と思い込んだ者たちの行動は、もはやスルーできないレベルに陥っている。2章で日比氏が「日本におけるポスト真実」に、津田氏もコラムで「沖縄の基地反対運動を歪めて伝えた『ニュース女子』」について触れてはいるものの、それぞれもっと掘り下げるに値するテーマだと思う。もし次作が予定されているのであれば、この点を期待したい。
文=碓井連太郎