“知の巨人”荒俣宏の「お化け学」最終講義! 『お化けの愛し方 なぜ人は怪談が好きなのか』
更新日:2017/11/11
お化けは怖い。
このフレーズを目にして、即座に反論を唱える人は多くないだろう。私たちは幼い頃からごく自然に、お化けイコール怖いもの、という価値観を受け入れてきた。しかしその一方で、お化けの世界に興味を持ったり、憧れたりするという(アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』の主題歌を思いだそう)心の動きがあることもまた否定できない。私たちはお化けを恐れながら、心のどこかで愛しているのだ。
荒俣宏さんの新刊『お化けの愛し方 なぜ人は怪談が好きなのか』(荒俣宏/ポプラ社)は、私たちのそんなお化けに対するアンビバレンツな思いに着目した一冊。
お化けは怖いのイメージが覆される!
お化けは怖いというイメージはいつ生まれたのか? お化けを愛する文化はどのように発生したのか? 本書は中国と日本の怪談の歴史を辿りながら、恐ろしいはずのお化けが愛されるようになった経緯を分かりやすく繙いてゆく。博覧強記で知られる荒俣さんの著書だけに、その探索は“知らないことを知る喜び”に満ち、お化けは苦手という人さえ引き込むような、熱気と面白さにあふれている。
本書では、お化けは怖いというそれまでの常識を覆した、中国の怪談作品が大きく取り上げられている。
まず紹介されているのは、明の時代に成立した『剪燈新話』(せんとうしんわ)という怪談集。お化けの話なんておおっぴらにするものではない、という風潮にさからって書かれたこの本は、当時タブーであった「死女とのセックス」「魔物との恋愛」を正面から描き、大いに人気を博したという。
続いて取り上げられるのは、同じ明の時代に成立した『情史類略』(じょうしるいりゃく)。かの江戸川乱歩や森鴎外も愛読したというこの本には、「精霊が美女になって人間の男と結ばれる話」や「死んだ女性がなお生前の恋人に思いを寄せる話」、「妓女や妾が日陰の身でありながら純愛を注ぎ、奇跡を起こす話」など、怪しくもエロティックな逸話が多数収録されている。
中国の怪談になじみのある読者は少ないだろうが、紹介されている数々のエピソードは読んでみるとどれも刺激的で面白い。同時代の読者にとっては、さぞかし魅惑的だったことだろう。
そうした中国の新しい怪談は日本にも伝わり、お化けは怖いものという従来のイメージを変えていった。
その象徴ともいえるのが『剪燈新話』に収録されていた「牡丹燈記」(ぼたんとうき)という怪談。女性の霊との恋愛をロマンティックに描いたこの作品は、江戸時代になると日本風にアレンジされ、「牡丹燈籠(ぼたんどうろう)」とタイトルを変えて受け入れられてゆく。その後も「牡丹燈記」のDNAは受け継がれ、上田秋成の『雨月物語』、三遊亭円朝の『怪談牡丹灯籠』というロマンティック怪談が誕生。それらが日本人のお化け観を変えていった…という論旨はとても興味深いものだ。
こうして発展してきた「お化けとの付き合い方」。それがどんな最終段階を迎えるのかは、「霊との共同生活、ついに実現!」と題された最終章をお読みになっていただきたい。さらに本書では、「牡丹燈記」の東南アジア(タイ)への広がりや、ヨーロッパにおける恋愛怪談の原点もあわせて紹介。これ一冊で怪談文学の大まかな流れがつかめる、優れたブックガイドにもなっている。
本書は荒俣さんにとって「最後の『お化け学』出版物」にあたるという。
翻訳・評論・創作の各分野において、後続のホラーファンに多大な影響を与えてきた荒俣さん。思えばその作家活動は、1970年代に編纂した名アンソロジー『怪奇幻想の文学』(紀田順一郎との共編)以来、一貫してお化けへの愛に貫かれていた。
本書『お化けの愛し方』はそんな荒俣さんによる、お化けたちへの最後のラブレターである。これを読めばお化けと恋愛がしたくなる、かどうかは保証しないが(少なくとも私はしたくなった)、お化けへの興味がこれまで以上にかき立てられるのは間違いない。
蒸し暑い真夏の夜にぴったりの、ひんやり涼しい教養書だ。
【荒俣宏インタビュー】「日常の方がずっと怖いことがある」怪談の起源を探ると人間とお化けは恋もできる衝撃の価値観があった!
文=朝宮運河