「朝、目が覚めると戦争が始まっていた」――『教団X』の衝撃再び! 戦争に突き進む近未来の世界を描き出した、中村文則最新作『R帝国』

文芸・カルチャー

更新日:2020/5/28

『R帝国』(中央公論新社)

 戦争の足音が聞こえる気がする。すべて杞憂ならばいいが、世界の不穏な情勢に不安な日々を過ごす人は少なくはない。こんな世の中であるからこそ、ディストピア小説にブームが来ているらしい。アメリカでは、トランプ政権発足以来、ディストピア小説の名著ジョージ・オーウェルの『1984』が爆発的人気だというが、日本では、中村文則氏のディストピア小説が一大ブームになるに違いない。

 中村文則氏著『R帝国』(中央公論新社)は、全体主義が蔓延る架空の島国を描き出した近未来SF。多くの著名人に衝撃を与えた中村氏の著書『教団X』のエッセンスが感じとれるこの小説は、現代社会への警鐘だ。最初に引用された、ヒトラーの「人々は、小さな嘘より大きな嘘に騙されやすい」という言葉。そして、「朝、目が覚めると戦争が始まっていた。」という一行から始まる物語は、どうしてもフィクションとは思えない。これは日本の未来の姿なのではないか。戦争。テロ。差別。フェイク・ニュース。言い知れぬ恐怖と、自然と芽生える今の時代への問題意識。中村氏の描き出す暗黒の未来に読者たちは溺れていく。

 舞台は、近未来の架空の島国・R帝国。民主主義国家を標榜しているが、実態は与党R党が99%を占める議会を持つ独裁国家だ。街には死角なく防犯カメラが設置され、常に国民は国家から監視されている。毎週行われる公開処刑。差別される移民たち。国民全員はHP(=ヒューマンフォン)と呼ばれる人工知能を兼ね備えたツールを保持し、自分の幸せを無理にアピールしたり、過ちを犯した他人に罵詈雑言を浴びせかけたりしている。

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 ある日、R帝国は隣国B国と戦争を始める。しかし、R帝国のコーマ市に攻撃をしかけてきたのは、別の国家・Y宗国だった。コーマ市に住む会社員の矢崎はY宗国の女性兵士アルファと出会い、野党議員の秘書・栗原は、謎の組織「L」のサキと出会う。奔走する2組の男女。しかし、彼らを待ち受けているのは、悲劇的な展開。世界は、思わぬ方向へと暴走していく。

 この物語で描かれるのは、人間の醜さであり、集団心理の恐ろしさだ。ある登場人物の台詞を借りていえば、「人々が欲しいのは、真実ではなく半径5メートルの幸福なのだ」。何が真実かなどどうでも良い。自分の周りだけが幸せならばそれで良い。他人に不幸が訪れるとすれば、それは気の毒だけれども、自分たちには関係ない。自分たちに関係のない犠牲ならいくらでも払う。そんな保身しか考えない国民たちを、権力者は容易に手玉にとる。情報操作で動かされる世論。国民の不満は、政治への怒りではなく、他国への憎しみへと変わっていく。

 これは、ありえない未来を描いた作品とも言い切れない。R帝国では、日本の過去の戦争でのありさまが、ネット上での作者不明の小説として伝えられている。政治家たちは、その小説の記載を参考に、国民を戦争へと駆り立てるのだ。日本の過去のありさまがR帝国のすべてに投影されている。

「そうやって生きて、楽しいか。こんな事態を招いてまで、この世界は存続する価値があるのか?世界は間違い続けているのに、お前達は生きている。いつまで私達を犠牲にするつもりだ。私は認めない。お前たちを認めない。」

 もし今の日本がこのまま進めば、訪れるのはR帝国のような未来かもしれない。この小説は中村氏の抵抗。R帝国のようになる一歩手前の私たちへの警告の書。これからの世界に不安があるのならば、不穏な未来を遠ざけるためにこの書をひもといてほしい。

文=アサトーミナミ