草刈民代「すべてを飲み込みながら生きてきた直子には、生きる太さみたいなものがある」
更新日:2017/10/6
毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、映画『月と雷』で男の家を渡りあるく根無し草の女性・直子を演じた草刈民代さん。敬愛するバレリーナ、マイヤ・プリセツカヤの自伝『闘う白鳥』とともに、彼女から学んだ生きる姿勢についてお話を訊いた。
「すべてにおいて最高なんです」と草刈さんが語るマイヤ・プリセツカヤは、バレエ界の歴史を変えた、20世紀に名を残すバレリーナだ。
「時代をつくった天才であり、大スター。だけど、その天才がどれほどの努力を重ね、困難な境遇を生きながら芸術性を高めてきたのかということが伝わってきます。分量の多い本ですが、すべてマイヤさん自身の言葉で綴られています。すごい本だと思います。マイヤさんがご覧になっていた舞台で踊ったこともあるし、マイヤさんがプロデュースをして創られたカルメン組曲を私が踊ったときは、つきっきりで指導していただきました。彼女と接した時間、その経験は、私にとって宝物です。2015年に亡くなられていますが、彼女は最後までマイヤ・プリセツカヤだった。いつまでも若々しく、威厳はかけらも損なわれていない。あんな華やかな人、他にいないです」
社会主義国家だったロシアで、父親を銃殺刑に処され、自身もKGBに追われながらも、国を代表するバレリーナとして、決して信念を曲げることなく踊ることに邁進した。どんな苦境にさらされても決して折れることのなかったマイヤ・プリセツカヤの精神は、草刈さんにも引き継がれている。
「どんなに必死で踊り続けていても、すべてに満足するなんてことはありえません。踊らなくなってもまだまだ表現できることがあるはず、という気持ちが私を女優の道に進ませたのですが、女優の仕事はバレエとはまた違う難しさを感じることも多い。それでも、やる以上はどんな境遇でも何かを見出し、次のステップにつないでいかなくてはいけない。そういうときは、必ずマイヤさんのことを思い出します」
そんな草刈さんの女優魂があふれ出ているのが映画『月と雷』の直子だ。幼い息子を連れて、男の家を次から次へと渡り歩く彼女は、主人公・泰子(初音映莉子)の父の、かつての愛人だった。ともに暮らした記憶が、実の母親を凌駕するほどの存在感。着飾っているわけではないのに、強烈な印象を残す直子は、草刈さんにとっての新境地だ。
「直子には根源的な生命力があって、だからこそ他人を惹きつけるし、男の人も放っておかないんだと思うんです。色気があるというだけでは、ああはならない気がする。ものすごくだめな人なんだけど、どこか嫌な感じがしないのは、すべてを飲み込みながら生きてきた彼女の、生きる太さみたいなものを感じるからじゃないでしょうか」
「始まっちゃったら、どうにかなる」。泰子との別れのシーンで、直子は言う。流れるようにして生きてきた、直子の人生を感じられるセリフだ。
「泰子は、直子に一種の理想を見ているんだけど、ことごとく潰されていく。直子は瞬間でしか生きていなくて、いいも悪いもなにも考えていないから。別れのシーンでは、うっかりすると私も泣きそうになってしまうくらい、初音さんには感情が満ち満ちていたのだけど、直子はそれに引きずられるような人じゃないから。彼女の刹那的な姿が、スクリーンを通じて観る人に伝わっているといいですね」
(取材・文:立花もも 写真:冨永智子)
映画『月と雷』
原作:角田光代(中公文庫) 監督:安藤 尋 出演:初音映莉子、高良健吾、藤井武美 黒田大輔 市川由衣 村上 淳 木場勝己、草刈民代 配給 スールキートス 10月7日(土)、テアトル新宿ほか全国順次公開
●幼いころの一時期、泰子は父の愛人・直子と息子の智と暮らしていた。母よりも直子の思い出を強烈に抱いていた彼女の前に、20年後、智が突然現れる。ふつうの家族を求め、結婚を決めていた泰子だが、再び智と暮らすようになり、少しずつ人生が変わりだす。
(c)角田光代/中央公論新社 (c)2017「月と雷」製作委員会