「羽生さんは別格」…平昌五輪前に、元女子フィギュアスケーター中野友加里さん特別インタビュー!!
更新日:2017/10/30
フィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズが10月20日に開幕した。来年に平昌オリンピックも控え、その〝前哨戦シリーズ〟とも位置づけられ、選手たちにとっては例年よりも特別な「戦い」になる。日本は世界王者の羽生結弦ら注目選手が多く、ファンの応援も一層力が入る。その熱きオリンピックシーズンをより楽しむため『トップスケーターのすごさがわかるフィギュアスケート』(中野友加里/ポプラ社)をおススメしたい。
本書は、元女子フィギュアスケーターの中野友加里さんが、スケートの基本的なルール、採点方法、選手たちの心意気、練習、日常生活、他選手との交流や、元スケーターだからこそ語れる「裏話」が満載の一冊だ。しかも、近年の爆発的な人気の中、「ヤバい!乗り遅れた」と焦ってしまっている、読者も念頭に、オリンピックまでにフィギュアスケート通になってもらえるような構成になっている。もちろん、コアなファンを意識した元スケーター目線の視点にも納得させられる。フィギュアスケートファン初心者から、さらに知識を深めたい方まで、まさに平昌オリンピックが百倍楽しくなること間違いなしの内容となっている。
先日、本の発売を記念して、同じく元フィギュアスケート選手で2010年バンクーバー五輪にも出場した小塚崇彦さんとのトークイベントが開催された。その機会に、中野さんご自身にもインタビューをさせてもらうことに。書籍内ではあまり語られていなかったことを含め、様々な「裏話」を聞かせていただいたので、ご紹介したい。
――フィギュアスケートは「メンタル」が特に重要になってくるスポーツと聞いたことがあります。現役時代、中野さんがやっていたメンタルを鍛える練習があれば教えてください。
中野(敬称略):「こうすればメンタルが強くなる」というような魔法はありません。「試合経験を積む」「試合慣れをする」しかないと思います。ですから、選手たちは平昌オリンピックの半年も前から真剣勝負に挑んで実戦慣れをしていくのです。シーズンオフから次のシーズンまで、半年くらい時間が空いきます。この時期の選手はまず試合勘を取り戻すことから始めます。そんな時期なのに、今季は羽生結弦選手が初戦でいきなりショートプログラム(SP)の世界歴代最高得点を更新しました。ハイレベルなシーズンになりそうで、今からとても楽しみです。
メンタルの話に戻すと、大事なことは「プレッシャーをどう楽しむか」ということです。私を指導してくれたコーチの佐藤信夫先生は、「練習通り、本番でできることはまず難しいから」とよく言っていました。やはり緊張や気持ちの面の「欲」とかで、身体が硬くなったりします。だから、練習の「80%できたら拍手」といつもおっしゃってました。練習の80%のパフォーマンスをシーズン通して試合で発揮できれば、喜ばしい限りです。トップスケーターといっても人間です。どうしても「勝ちたい」とか「もっと高い得点が欲しい」などと「欲」が出てしまうんですよね。その欲を抑え、いかに平常心で練習通りに滑れるかが大切です。それをできる選手こそ「メンタルが強い」ということになると思います。
――特にメンタルの強さを感じた日本人選手は?
中野:現在のスケーターの中で言えば、間違いなく羽生結弦選手です。そのことを証明してくれたのが2017年の世界選手権でした。SPで5位と出遅れたときには、日本のファンも心配されたと思います。しかし、フリーではミスのない圧巻の演技を披露し、自身が持つ世界歴代最高得点を更新。逆転優勝につなげたメンタルの強さはすばらしかったです。羽生選手は、追い詰められた状況でうまく気持ちの切り替えができたのではないかと思います。プレッシャーを楽しんでいたかは、本人しかわかりませんが、プレッシャーを跳ね返したことは間違いありません。それこそが3季ぶりに世界王者へと返り咲いた羽生選手の強さだ、と改めて感じました。
フリーの演技を振り返ると、羽生選手は最終グループの1番滑走でした。後ろにSPで自分よりも高得点の選手が控えていました。まさに失敗が許されない状況です。羽生選手はそこで会心の演技をして、そのあと滑る選手たちに底力を見せつけたのです。あんなすばらしいの演技をされてしまうと、もう、次のスケーターたちはお手上げですよね。羽生選手に注がれた大歓声や熱狂の渦で会場の雰囲気もすっかり様変わりしたはずです。後に続く選手はすごく滑りづらかったのではないでしょうか。もしくは、割り切ってる選手もいたかもしれませんね。「羽生さんは別格」って(笑)。
――演技中のことを教えてください。あれだけ体力を消耗するプログラムを滑るスケーターの皆さんは、演技中に会場に流れる「音楽」はしっかりと聞こえているものですか?
中野:もちろん、聞こえています。フィギュアスケートの採点には、「音の解釈」という項目もあるくらい重要です。私はコーチから「音楽と演技がマッチしないと観客を魅了することはできない」と教わってきました。確かにSPで3本のジャンプ、フリーで女子は7本、男子は8本のジャンプを跳ぶわけですから、音に合わせて滑ることは大変なことです。でも、フィギュアスケートはそれがセットなのです。スケーターは小さいころから、音に合わせて滑ることをたたき込まれているのです。コーチから言われて印象に残っているのは、「すごく集中していると、音楽が鮮明に体の中に入ってくる時があるから、それを経験してほしい」という言葉でした。私は一度だけそういう経験があったのですが、自然と身体が音楽に合ってくるのです。意識しなくても、体と音が一体となった演技を生み出していくのです。
アスリートが口にする「ゾーン」に近い感覚かもしれません。もちろん、そういう練習を日々しているけれど、そこまでの域に達するのはとても大変で、私はすごくせっかちなのと、緊張で気持ちが急いて、音楽よりも早く早くって、ズレてしまうことも多々ありました。緊張するとそういう風になることも多いので、音楽と融合するいうのは、永遠のテーマですね。
――使用する曲は日常的に探している?
中野:そうですね。映画や舞台を見に行っても、頭のどこかで「この曲は使えるかしら」とか「この曲だったら、ここでこういう演技かな」とか想像を巡らせていました。役者さんには大変申し訳ないですが、そういうことばっかり考えてしまう自分がいます。ですから、映画とかを観ていても、内容が入ってこない時もありましたね(笑)。これは、「スケーターあるある」で仲間同士でも笑いのネタになります。
――会場での演技中、拍手や歓声も聞こえていますか?
中野:拍手はすごく聞こえています。フリーの後半などになると、体力の消耗が激しく、ステップを踏むときなどに、本当に苦しい状況があります。そんなとき、会場の皆さんの手拍子に背中を押してもらう感覚で滑ることもあって、とても嬉しいです。拍手の重要さって、海外での国際大会など「アウェイ」が一番顕著です。拍手がパラパラパラ……だとやっぱり寂しいですね。最近は日本のファンが海外の大会にも応援に駆けつけていますよね。選手たちは、すごく感謝していると思います。
――反対に、ミスをした時の「あぁ~!」とか、ネガティブな声も聞こえていたり?
中野:それはそんなに聞こえませんね。転んだ時は自分も「あぁ~!」と思ってるから(笑)。本の中でも書いていますが、「ジャンプのミスをどこで挽回しよう」とか頭の中はフル回転しています。意識が「次」に向かって集中しているので、気になることはないです。あとでテレビなどで演技を見たとき、ファンが一緒になって残念がってくれているんだと思うと、次こそはいい演技で応えようと発奮材料にはなります。
――ご結婚され、お子さんもいらっしゃるということですが、将来、自分の子供にもフィギュアスケートをやってもらいたいですか?
中野:子供の将来については、本人が決めることだと思っています。ただ、フィギュアスケートをやるには、この本に書いた通り、家族の協力が不可欠ですし、とてもお金もかかります(笑)。それでも、本人がスケートをやりたいと言ってくれば、自主性を尊重したいと思います。ただ、私としては、華やかな表舞台の影で、練習や試合でうまく滑れなかったりしたときなどに、とてもつらい経験をしてきたことが体に染みついています。本音でいえば、やらせたくないとも思っています。
――選手時代、体形維持のため、様々なダイエットを試したそうですが、特に効果を感じたのは?
中野:自分に合っていたのはキャベツダイエット。半玉なら半玉、一回の食事でキャベツだけを食べるという単純なダイエット法です。そのまま食べるのは、私はあまり好きじゃないので、茹でて甘みが出たものを、ドレッシングはノンオイルで食べたりして、そうすると結構お腹が膨れましたね。それを朝、昼、晩と3食続けると、かなりの効果があります。キャベツは食物繊維も豊富なので体にも悪くありません。とはいっても、一年中ではなくて、痩せなければいけない時、集中してやっていました。痩せにくいシーズンオフの方がやっていました。むしろ、シーズン中は、体力と力を付けなければいけないので、コーチからも「しっかり食べろ」と言われていました。
――中野さんは「報道される側」から「報道する側」に立場が変わっていらっしゃいますが、現役時代のマスコミとの関係をふり返ると、いかがですか?
中野:自分が無名だった時は、取り上げてもらうのは嬉しかったです。けれど、悲しいと言うか、お話がしづらいのは……自分の試合の結果が良くなかった時。いい報告ができないので「ちょっとほっといてほしい」って気持ちにはなりますね。報道する側になって思うのは、試合で結果が出なかったときにも取材をされるというのは、「トップ選手の証」だと思っています。浅田真央さんや髙橋大輔さん、現在でいえば、羽生結弦選手や宇野昌磨選手は常に報道陣に囲まれている印象です。そんな状況で結果を出し、さらに注目度を高めていく。まさにトップスケーターの真髄を見た思いです。
――記者の報道と実際のリンクで起こっていることで「違う」と感じることはありますか?
中野:記者の皆さんの多くは競技経験があるわけではありませんから、あるんじゃないでしょうか?けれど、それはもう気にせず、その記者が感じた意見だと思っていました。記者はコーチの方々にもお話を聞いています。そうした中でできあがってくるのが記事ですから、色々な見方があるんだなぁと。だから、あまり気にしないようにしていました。私の場合、大会翌朝の新聞にも目を通していました。記者の署名も出ているので、「この記者さんは、昨日の演技をこう捉えていたのだ」などと興味深く読んでいました。「ジャンプで失敗したとき、スピンやステップの表現力でカバーした」などと温かい目線で書いてくれる記事は、読んでいてうれしかったですね。
――ご自身が選手にインタビューする際に意識していることなどあれば教えてください。
中野:自分が聞かれたくないことは、まず聞かないということです。あとは、元アスリートの目線を大切にして、他の報道陣が気づかないことをなるべく質問するように、インタビューやリポートでは心がけています。この仕事をするようになって、実感したことは、インタビューというのは、話し手と受け手の波長があって初めて、いいものになるということです。だから、選手が演技の後に聞いてほしいことに、どれだけアンテナを張って気づけるかということも大切です。
――お忙しいところ、興味深いお話をありがとうございました。小塚さんとのトークイベントも楽しみにしております!
取材・文=雨野裾 写真=内海裕之