“業”にまみれた人間たちがまき散らす悲劇と喜劇…鬼才・松尾スズキによる問題作が書籍化『業音』
公開日:2017/11/1
〈「ねえ、堂本さん。私のおしりの穴を見てください」〉――「神とは何か」と問われれば、その答えを尻に宿らせる。馬鹿馬鹿しいけどなぜか、妙に納得させられてしまう。演劇界の鬼才、松尾スズキが作・演出を手掛けた「日本総合悲劇協会」の公演、『業音』のことだ。介護、エイズ、同性愛、宗教問題、テロリズム等のテーマを混ぜ込み、笑えて切ない、くだらなくも重みのある問題作。主人公の土屋みどり役には平岩紙を迎えたわけだが、セリフであまりにも“うんこ”を連発し、あまつさえ尻まで見せんとする彼女の姿は、“ファブリーズのCMに出てくる明るいお母さん”のイメージをいい意味でぶち破り、女優としての幅を見せつけるものだった。今回紹介する『業音』(松尾スズキ/白水社)は、その“衝撃の問題作”を書籍化したものである。書籍化は嬉しい限りである。だって、平岩紙演じるブッ飛んだ主人公を筆頭に、えげつなくも意味深いセリフの応酬を、いくらでも堪能できるのだから。
売れない演歌歌手の土屋みどりは、母親の介護をネタに新曲を出し、再起を図ろうとしていた。その矢先、彼女は車で杏子という女性をはねてしまう。杏子は脳を損傷し、四肢不随に。これに怒り狂った杏子の夫・堂本は、みどりを拉致し、〈有罪婚〉と称して共同生活を始める。みどりの前に現れるのは、さまざまな事情を抱え、“業”を撒き散らしながらもがく人物たち。年齢を偽ってまで孤児院に通い、自分のコピー人間を増やそうとするゲイの超能力者と、なぜかそいつの完全コピーをさせられている老婆。芸能界で活躍することを夢見て宇都宮から上京してきたけれど、結局身体を売って生きていくことしかできない兄弟。そして自殺願望を抑えきれない堂本。でも、何だかんだいちばん“業”が深いのはみどり自身で、実は母が死んだことを隠して介護ネタで一山当てようとしていたのだ。おまけに浪費がやめられず借金まみれで、出会い系サイトを使って売春もするし、被害者の夫である堂本のみならず自分のマネージャーとも関係を持つ始末。
“業にまみれた女”みどりは、やがて誰が父親か分からない子供を出産するが、自分の欲望を優先するあまり平気で産んだばかりの子供を犠牲にしてしまう。〈「自分の子供の命と引き替えにできるものなんてあるのかよ。ああ。あるか。普通に。親がパチンコしてる間に駐車場で子供死ぬしね。普通に。ある意味パチンコの景品より軽いよね。」〉――こんなセリフを聞かされたら、神なんて案外、尻の中に潜んでいるもんだと思わないと、やってられない。
テロから芸能ネタいじりまで、炎上覚悟のセリフの数々。「空気を読む」とか、「自分を抑えて相手をたてる」とか、そんなことを一切排除したやり取りを繰り広げてくれる登場人物たちの姿は、もはや爽快ですらある。職場のハラスメントやネットの炎上を気にして生きることを強いられる窮屈な今の社会において、松尾スズキの“業音”は、決して“騒音”ではないのだ。
文=林亮子