阿部和重×伊坂幸太郎「私小説として読んでいただいてもいい。僕ら二人が世界を救ったんです!」奇跡の合作小説『キャプテンサンダーボルト』待望の文庫化!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/28

 純文学のフィールドで活躍する阿部和重と、エンターテインメント小説界の雄として知られる伊坂幸太郎。二人が合作小説『キャプテンサンダーボルト』を電撃刊行したのは、2014年11月のことだった。本屋大賞にもノミネートされ話題を集めた同作がこのたび、上下巻の文庫版に。この機会に改めて、合作の成果を二人にうかがい、胸を張ってもらった。

自画自賛モード、入ります

———文庫化にあたり、自分たちが3年前に世に送り出した作品を読み返されたと思います。どんな感想を抱かれましたか?

阿部 時間も経っていますし、書いていた当時よりもずっと読者に近い距離感で読んだんですが、ものすごく面白かったです(笑)。

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伊坂 僕もその感想しか出てこないですね(笑)。当時から「面白い」って二人で言い合ってはいたんですけど、「本当に面白いじゃん!」と。これが僕と阿部さんの本じゃなくても、全然知らない誰かの作品でもオススメできます。映画を観に行く代わりに読んでもいいんじゃない、って言いたくなりますよね。今の日本の小説で、こういった大作映画っぽいものってあんまりないような気がするので、貴重じゃないかな、と。

———少年野球のチームメイトだった悪友二人が、10年ぶりに再会してタッグを組み、「世界を救う」話ですもんね。

伊坂 そうなんですよ。それを小説で、本気でやるんだっていう真っ向勝負感がありますよね。

阿部 「世界を救う」ってことは当然、「世界の危機」があるわけですよね。それを現代の日本という舞台でどのように設定し、日本人がその危機から脱して世界を救うところまで結びつけるストーリーって、成立させるのはかなり大変だと思うんです。いろいろなところで乗り越えるべき障害が立ちはだかってくるはずなんですが、この作品は見事にクリアしていると言えるのではないかと。

伊坂 アイデアも大きいものから小さなものまで、「こんなに入れてるんだ!」と驚きました。

阿部 基本はとにかく足し算で、お互いアイデアを思いついては加えていくやり方で組み立てていったので、物語が途中で破綻してしまう可能性だって十分あったと思うんですが、非常にうまくまとまっていますよね。

伊坂 ……というふうに、この作品について話すとお互い、自画自賛モードになって、周りがうんざりした顔になるんですよ(笑)。

それまでのキャリアや作家像を捨て
初期衝動のまま物語と向かい合えた

———もともとお二人は、ご自身の作品の中で、世界を成り立たせているシステムのことや陰謀論についてお書きになっています。でも、『キャプテンサンダーボルト』の物語のサイズは、さらにデカいです。それまで自分が書いてきたものよりも、デカい想像力を解放することになったのは、合作だったことが影響しているんでしょうか?

阿部 それはあると思いますね。伊坂さんと一緒だからこそ、「思い切ってやっていい!」感は確実にありました。

伊坂 これくらい大きな話って、それまで僕は書いたことがなかったし、今後も自分では書かないと思うんです。最初に仙台で阿部さんと打ち合わせした時は、たとえばですけど、隣町までりんご買いにいく話とかもあり得たわけじゃないですか。バディ(相棒)ものをやるにしたって、もうちょっと規模が小さい可能性もありえました。刑事ものにしようか、みたいな。でも、話をしているうちにだんだんと、世界を救うハリウッド・エンターテインメントみたいにしたいねってなっていった。

阿部 最初の打ち合わせの時に、好きな映画の話をしたんですよね。そこから始まっているから、発想が自然とそっちの方向に向かっていったのかもしれない。

伊坂 そうだ! 好きな映画の話になる前に、阿部さんの『ミステリアスセッティング』が好きだって話をさせてもらったんですよ。あの小説は、スーツケース型の核爆弾を持たされた女の子が主人公で。阿部さんと合作するなら、そっちの方向性で、男版をやってみるのはどうかなって思ったんですよね。

阿部 そこが出発点でしたね。そこからアイデアをあれもこれもってお互い出し合っていくうちに、どんどん物語のスケールが大きくなっていった。ここでならそれをやっても構わないんだ、という共通認識のようなものがあったんですよ。というのも、お互いに長年小説を書いてきて、それぞれのキャリアがあって。自分はこういう形の小説を書く人間なんだという意識が勝手に働いてしまい、不自由に感じる部分も少なからずあったと思うんですね。でも『キャプテンサンダーボルト』に関してはそういうことを一切考えずに、自分がとにかくやりたいこと、面白いと思うものやればいいんだっていう、初期衝動に近い形でエンタメのフィクションに向き合えた。その結果、こういった大きな世界の物語に繋がっていったのかなあという気がします。

———おっしゃる通り、エンタメに関する初期衝動のてんこ盛りですよね。スパイ、バディ、戦隊、宝探し、野球、映画、飛行機、アメ車、釘打ち銃……。両手じゃ足りません。

伊坂 基本的に、男の子の想像力なんですよね。原稿もかなり進んでいた段階で、女性読者は距離を感じるんじゃないか、って議題が出てきて(笑)。後日、「打開策を見つけました」ってメールが届いたんですよ。何項目もあって(笑)。その結果、女性読者を掴むために犬を出したんです。

阿部 打開策としては安直なんですが、結果的には物語に思わぬ効果をもたらしてくれたんでよかったなと。実は主人公じゃないかっていうぐらい、活躍してくれました。

———女性読者も楽しめるのは間違いないですね(笑)。一方で、この作品の中に入っていてもおかしくないのに、入っていないものがあります。物語は2013年7月といった日付けが明示されていますし、舞台は東北です。でも、当時プロ野球無失点記録を続けていたマー君(元・楽天イーグルスの田中将大)のニュースは出てきますが、震災については触れられていませんよね。

伊坂 最初の打ち合わせの時に「震災の話はどうします?」って、編集者が聞いてくれたんですけど、二人とも「入れるのはやめよう」とすぐに決めたんですよね。僕らの作品の場合はないほうが逆に、伝わる気もするんですよね。

阿部 震災に関しては直接触れていないですけども、できあがった作品を改めて見てみると、震災と結び付いていく要素が実はたくさんあるんじゃないかなという気もしているんです。例えば、放射能って目に見えないじゃないですか。つまり我々は、基本的には情報として触れるしかない放射能に右往左往させられてきた。それはこの作品に出てくる「村上ウイルス」の影響と似ている。情報に怯え、情報に翻弄される登場人物たちの状況そのものが、震災以降の社会の雰囲気を直接反映していた面があるのかもしれないなと、今になって感じるところはありますね。

ボーナストラック2編と改変により
文庫版が「完全版」になりました

———いっそ世界を滅亡させてしまおう、という方向にアイデアが進んでいったりはしませんでしたか?

阿部 確かに伊坂さんと僕だったらヤバい方向に行く可能性も、ぜんぜんあるわけですよね。二人のせいで世界は終わった、みたいな。でも、そっちの発想はまったくなかったですね。

伊坂 せっかく阿部さんと一緒にやれるのに、3年もかけてイヤな話は書きたくないですから(笑)。1人で書くならあり得るのかもしれないけど、共同作業だともうちょい、ショーのほうがいいですよね。エンターテインメントにしたい、という気持ちは絶対あったと思うんですよね。

阿部 それが必然だったのかもしれないなと思うのは、伊坂さんと好きな映画や好きなものについて話し合ったりしている時間がすごく楽しくて、その流れで「一緒に何かやりましょう!」となっていった。その楽しさが、反映されたのかもしれないですね。常に前向きな意識を失わずに、キャラクターたちが進んでいく物語になっていった。そういう意味では、井ノ原と相葉というキャラクターが感じ取っていることと、書き手の心理がシンクロしているところってすごくあると思うんです。

伊坂 下巻の最後、終章に入る直前であるキャラクターが、めちゃくちゃかっこいい台詞を言うじゃないですか。あれ、阿部さんが書いたんですよね。

———そうなんですね! そこへ向かって物語は走り続けていたのではないかと感じるくらい、めちゃめちゃグッとくる台詞でした。

伊坂 あの台詞って、ご自分の作品ではきっと書かない種類のものじゃないですか。あんなにポジティブな台詞って。

阿部 まず書かないですね。

伊坂 あの台詞に関しては、僕が書いたんじゃないか、と思う人が多いと思うんですよ。僕が書きそうなベクトルではありますから。

阿部 自然に出てきたんですよ。その頃は完全に伊坂さんと私が一体化していて、物語やキャラクターとも渾然一体になっていった結果、あのシーンではすっとその台詞が導き出された。それくらい、入り込んで書いたからだと思うんですよ。もはや私小説として読んでいただいてもいいんじゃないか。僕らが世界を救ったんです。

伊坂 あっ、そう行きますか?(笑) じゃあ、僕らが救ったようなものですよ!

———清々しい結論が出たところで(笑)、文庫の上下巻に一編ずつ書き下ろされた「ボーナストラック」についておきかせください。どのように執筆されたんですか?

阿部 ボーナストラックを入れることは編集者の提案だったんですが、単行本から3年も経っているし、「あの時の感覚に戻れるのか?」という不安がまずありました。本編がすごく満足できるものに仕上がっているので、それにくっつけられるものができるのかなという不安もあった。でも、会議室で話し始めたらすぐに、3年前と同じように盛り上がって、アイデアがどんどん膨らんでいきましたね。

伊坂 ああ、本編もこうやって作っていたなぁって思い出しましたよね。ただ、本編は文章の細かい表現まで含めて「二人で書いた」という感じなんですが、ボーナストラックは結構作業が分かれています。これに関してはどちらがどっちの短編を書いたか、読む人に想像してもらうのも面白いかな、と。

———お二人にとって『キャプテンサンダーボルト』を合作した経験は、その後の作家人生に影響を与えましたか?

阿部 僕ははっきりと、これを書く以前と以後では作品の書き方そのものが変わりましたね。今また新作を書いていますけれども(『文學界』で連載中の『Orga(ni)sm』)、「伊坂さんのおかげです」と100%言えるくらいに、より自分の小説が豊かになったんじゃないかなと思います。

伊坂 僕はですね、この作品に対する思いが強すぎて、燃え尽きちゃってる感じで、今もリハビリ中なんですよ。単行本の時に喜んでくださった人も多かったんですけど、文庫化をきっかけに、もっとたくさんの人に受け入れてほしいですね。

阿部 ボーナストラックも含め、文庫版で「完全版」になったと思っています。伊坂さんの気持ちをアゲるためにも(笑)、みなさんよろしくお願いします!

借金返済のためグレーな仕事に手を染める相葉時之と、妻子のために情報スパイ業も営む会社員の井ノ原悠。10年ぶりに再会した二人は、世界を滅亡から救うため、東北地方を縦横無尽に駆け回る。ゴツいアメ車の後部座席に、毛足の長い大型犬と、謎の女を乗せて――。文庫版上下巻には各一編ずつ、本編の物語に繋がる書き下ろし掌編を収録。

あべ・かずしげ
●1968年、山形県出身、東京都在住。1994年に『アメリカの夜』で群像新人文学賞を受賞しデビュー。2005年に『グランド・フィナーレ』で芥川龍之介賞を受賞。野間文芸新人賞、谷崎潤一郎賞など、純文学の重賞を軒並み受賞。『文學界』2016年11月号より〈神町トリロジー〉の完結編、『Orga(ni)sm』を連載中。

いさか・こうたろう
●1971年、千葉県出身、宮城県仙台市在住。2000年に『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞、受賞。最新刊は、書き下ろし長編『ホワイトラビット』と、初の絵本『クリスマスを探偵と』(絵:マヌエーレ・フィオール)。

取材・文=吉田大助 写真=川口宗道