妻が離婚届を置いて出ていった日、「元気だせよ」と話しかけてきたのは……社畜男と小憎らしいウーパールーパーの日常がゆるグダで楽しい『よしふみとからあげ』
公開日:2017/11/26
「ペットと会話してみたい」。おそらくペットを飼ったことがある人なら一度は思ったことがあるはず。実際、自分もウサギを飼っていた頃に同じことを考えたことがあった。
『よしふみとからあげ』(関口かんこ/講談社)は、そんな飼い主にとって夢のような世界が広がっている。……ただし、いくつか問題がある。飼い主は社畜で、ペットは小憎らしいウーパールーパーなのだ。
主人公のよしふみは35歳のサラリーマン。家に帰れば可愛い奥さんが待っている、新婚2年目の果報者である。その日も残業でクタクタになりながら帰宅すると……家に嫁の姿はなく、あるのは離婚届だけ。悲しみに暮れるよしふみに残されたのは、嫁が食材売り場で買って以来、水槽で飼っているウーパールーパー。名前は「からあげ」。しかも「元気だせよ、よしふみ」とタメ口で話しかけてくる……。
『よしふみとからあげ』は、そんな1人+1匹のグダグダな共同生活を描いた日常コメディ漫画である。
■からあげがだんだん可愛く見える不思議
傷心の男とペット、ひとつ屋根の下で共同生活。すごく興味をそそるキーワードが並ぶ『よしふみとからあげ』だが、これが驚くほどに華がない。
よしふみは心優しい性格を除けば地味で冴えないビジュアル。おまけに重度の社畜だ。ペットのからあげは両生類らしいヌメヌメを家中にまき散らす、癒し系ならぬ濡らし系。毎度のごとくよしふみに迷惑をかけるウーパールーパーだ。飼い主に何かといちゃもんを付けては好物のメダカを要求してくる畜生である。当然、彼らの共同生活はケンカが絶えない。
ところが、読み進めていると彼らのやり取りが楽しそうに見えてくる。よしふみは散々な目にばかり遭っているが、からあげを家族の一員のように大切にしている。一方のからあげも、よしふみを思っての行動が結果的に裏目に出ている場合が多い。さながら『トムとジェリー』のような悪友ぶり(見た目はともかく)で、見ている側はすっかり癒されてしまうから不思議だ。
■自分が社畜だとは疑わない男、よしふみ
よしふみはどうしてからあげの言葉が分かるようになったのだろうか。読み始めた頃は、毎日ハードな社畜生活のうえ嫁にまで逃げられて、いよいよ心理的に限界が来たのかと心配したものだ。もちろんそんな闇の深い設定は存在しないが、本作で描かれているよしふみの社畜ライフはかなりのものである。
たとえば第4巻で、なんちゃって社畜を相手によしふみの真の社畜ぶりが明かされる回があるが、前年に過労で救急車に3度お世話になっていたという衝撃の事実に若干引いてしまった。しかも特に会社がブラック体質というわけでもなく、仕事もできるし社内からの信頼も厚い。むしろ上司から懇願されて休暇を取ったものの、家にいるのが落ち着かず出勤してしまうというワーカホリックぶり。まさに天然の社畜だった。
実はよしふみ、女性から好意を寄せられるケースが意外とある。……のだが、その度にからあげが間の悪いちょっかいを出して破談してしまう。よしふみが女性といい感じになる→からあげが何かをする→女性が悪い方に誤解する→よしふみが振られる、といった具合に、よしふみの失恋ネタは本作における鉄板のひとつだ。正直ワザとやってない? と疑ってしまうくらい。そんな時、からあげの性別が♀だったことを思い出すと、ははーんと下衆の勘ぐりをしてしまうのは自分だけだろうか。そんなことは万に一つもないとはいえ、よしふみとからあげが末永く幸せになってほしいと願ってやまない。
文=小松良介
(C)関口かんこ/講談社