脇役女子「モブ子」の恋の行方は――? ささやかだけれど温かく、じんわり優しい恋物語『モブ子の恋』
更新日:2017/12/25
はじめて恋をした日のことを、あなたは覚えているだろうか。
気がつくとその人のことばかり考えていて、知らないうちに目で追ってしまう。話しかけられるだけで一喜一憂して、何だかいつも胸がいっぱい。
日常の風景が急に彩り鮮やかに見え、毎日が特別なものに思えて仕方がない――。
きっと誰の心にも、そんな「初恋」の思い出は、宝物のように仕舞ってあるのではないかと思う。
田村茜の『モブ子の恋』(徳間書店)は、20年間脇役として生きてきた、地味で大人しく目立つのが苦手な女子の初恋が、とても丁寧に、見守るような温かさで描かれたマンガである。
タイトルの「モブ子」は、主人公の田中信子が、スーパーのアルバイトの面接の際、名前を「モブ子」と聞き間違えられた所から来ている。
名前を間違えられても怒ることなく
「脇役(モブ)かぁ たしかにそうかも」
と納得してしまうほど、すみっこの脇役でいることに慣れてしまっている信子。
しかし彼女は、同じくスーパーでアルバイトをする同い年の入江君に恋をして、少しずつ変わり始めるのだ……!
物語は、信子が1年ほどレジのアルバイトを続けるスーパーに、安部さんという明るく元気な新人女子スタッフが勤務する初日から始まる。
気を遣い過ぎて、安部さんのフォロー一つするのにも、口を出していいか躊躇する信子。
しかし安部さんは、レジでわからない所は信子や入江君に積極的に尋ね、信子が1年経った今でも知らずにいた入江君の連絡先も、すんなり手に入れてしまう。
おまけに、相手の様子ばかり窺い、結局何も伝えることができないままで終わってしまう信子と違い、誰に対しても感情を素直に表現して、お礼や謝罪もまっすぐ口に出す安部さんのことを、信子は「すごいなぁ」と素直に感心するようになっていく。
そもそも信子が入江君に恋をしたのは、アルバイトを始めたばかりの頃、接客で困っていた所を、入江君が助けに来てくれたのがきっかけだった。
信子はこの日のことがずっと忘れられず、困っている人がいれば自然と動くことができる入江君のことを今もなお、好きになる一方だ。
そんなある日のバイト帰り、信子は安部さんに「入江さんのことどう思ってるんですか?」と直接尋ねられてしまう。私の想いなんかで入江君に迷惑をかけたくないと感じた信子はとっさに「入江君のことは苦手なだけで」と口走ってしまうのだが、偶然通りかかった入江君本人に聞かれてしまい――!?
本書は、人見知りで引っ込み思案で、話し下手で、気を遣い過ぎて何もできない「脇役女子」の信子が、同じく決して目立つタイプではない入江君に恋をすることで、人間的にも大きく成長する物語だ。
信子はきちんと言葉に出さないと伝わらない思いがあることを自覚し、真っ赤になりながらも入江君と向き合い、距離を縮めようと努力していく。
入江君の手がアタマに触れただけで耳も頬も髪も熱を帯びてしまい、別れ際、会釈ではなく小さくバイバイと手をふるように変化する信子の様子は、読んでいる側が照れてしまうほど可愛らしい。
ささやかだけれど、大切な想い。押さえられない胸の高鳴り。それはありふれた脇役同士の恋なのかもしれない。けれども、誰かを好きになる気持ちは、主役も脇役も関係なく、とても特別なものなのだと再認識させてくれるマンガである。
さりげなくいつも信子を助ける入江君も、ようやく自分の恋心に気づき始めた様子。
日常の見過ごされがちな一コマに、優しいスポットライトが当てられた恋物語だ。そっと見守るように堪能してほしい。
文=さゆ