死にかけた田舎町に「女性下着」で革命を起こす!『テーラー伊三郎』の仕立て職人と男子高校生が奮闘するエンタメ小説とは?

新刊著者インタビュー

公開日:2017/12/6

デビュー作『よろずのことに気をつけよ』で第57回江戸川乱歩賞を受賞し、その後もミステリー畑を歩んできた川瀬七緒さん。しかし、最新作『テーラー伊三郎』ではミステリー色を払拭。年老いた仕立て職人と無気力な男子高校生が、死にかけた田舎町に〝革命〟を起こすエンターテインメント小説となっている。

著者・川瀬七緒さん

川瀬七緒
かわせ・ななお●1970年、福島県生まれ。文化服装学院服装科・服飾専攻科デザイン専攻卒。服飾デザイン会社に就職し、子供服をデザインするかたわら小説を執筆。2011年、『よろずのことに気をつけよ』で第57回江戸川乱歩賞を受賞し作家デビュー。著書に「法医昆虫学捜査官」シリーズ、『桃ノ木坂互助会』『女學生奇譚』『フォークロアの鍵などがある。

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「頭の隅でずっとくすぶっていたテーマでしたが、ミステリーには向かないなと思っていて。そんな中、連載のお話をいただき、『ここで放出しよう』と決めました。でも、プロットは全く決まっておらず、『田舎の潰れた仕立て屋の爺さんが、女の下着を作る話』というレベル(笑)。過去を振り返り、死を待つだけでなく、未来を見つめて生きている老人を書いてみたかったんです」

物語は、福島県の小都市で暮らす少年の視点でつづられる。ファミレスと大型量販店に占拠されたこの町は、彼いわく「情緒の部分が絶望的に足り」ず、娯楽といえば他人への干渉とうわさ話ばかり。しかも「海色」と書いて「アクアマリン」(通称アクア)と読むとんでもない名前をつけられ、人生を悲観している。そのうえ母親は官能マンガ家、父親は女性と出奔。貧しい団地暮らしとあっては、未来に希望など持てるはずもない。

「私も福島県出身ですが、田舎にいると絶望することが多いんです。シャッター街ばかりで、役所が考える町おこしは見当はずれに見えることばかり。ステイタスのある子どもの将来といえば、公務員になるかゼネコンに入るか。たとえ大学進学のために上京しても、また田舎に戻ってきてほしいというのが大半の意見です。そのうえ、家庭によっては貧困の問題も抱えています。アクアもそうですが、子どもが夢を持ちづらい状況に追い込まれている気がして。アクアの成長小説を書こうというつもりはありませんでしたが、なんらかの希望が垣間見える話にしたいとは思っていました」
 

老人と少年の風変わりで理想的な関係

そんなアクアが、伊三郎が作ったコルセットを目撃したことから彼の日常は大きく動き出す。潰れたはずのテーラーのショーウィンドウに飾られていたのは、18世紀の上流階級が使っていたものを完璧に再現したコルセット〝コール・バレネ〟。母親の官能マンガ制作を手伝ううちに女性の服飾史に詳しくなっていた彼は、ロココの技法を用いたコール・バレネを目にして心打たれる。川瀬さん自身が服飾デザインの仕事をしていたということもあって、コルセットの歴史、仕立て屋稼業に関する描写は説得力にあふれている。

「ドラマや映画に登場するデザイナーは、かっこいいオフィスでササッとデザイン画を描いていますよね。でも、実際の現場は全く違い、地味のひと言。企業に所属するデザイナーのように業務が細分化しているケースはまた違いますが、ファッション市場、パターン、生地、染料などをすべてを理解していないと仕立て職人にはなれません。伊三郎はおそらくそれらの知識と能力をすべて持っていて、そこから自分の殻を破るものを生み出したのだと思います」

ただ退屈な日常をやりすごすだけだったアクアも、「下着で世の中を粉砕していく」「コルセットを商品として売り出す」という伊三郎のコルセット革命に困惑しながらも共鳴し、テーラーに足しげく通うようになる。

「伊三郎は、妻に依存していた部分がとても大きく、妻を亡くしたと同時に自分を見失っています。でも、それを外に出して伝えるすべも持っていません。それでも、何かやらなければいけない、このままここで死んではいけないという思いがあり、女性ものの下着を突然作り始めたんです。一方アクアは、アクアマリンなんて名前をつけられ、とにかく目立たないようネガティブに生きてきました。日々を消化するだけの毎日ですし、将来は地元に残って、どこかで働いて、そのまま淡々と死ぬんだろうと考えています。二人のキャラクターは全く違いますが、私には似ていると思えてしまって。自分に自信を持てないアクアに出会い、伊三郎はその中に自分を見たのかもしれません。友達ではないし、師弟関係とも違いますが、年齢を超えた仲間意識が芽生えたのでしょうか。立ち入りすぎず、でも要所要所できちんと褒めあえる、ある意味理想的な関係かなと思います」

伊三郎とアクアの革命は、ある少女にも波及していく。それが、かつてアクアのクラスメイトだった三木明日香。昔のパイロットのようなゴーグルに革製の飛行帽、鎖や歯車をぶら下げた金属製のリストバンドを装着し、ふりふりの超ミニスカートとニーハイソックスでキメたスチームパンク少女だ。

「田舎にひとりは、この手の奇抜な子がいますよね。私が学生だった頃にも風変わりなファッションの子がいて、村人たちに怖れられていました(笑)。そもそもファッションは、『ほかの人たちと同じじゃイヤだ』となった時に生まれるもの。それにいち早く飛びつくのが、明日香のようなタイプなんです。彼女にもこの先どうしていいかわからないという悩みがありますが、芸術家肌で現実をあまり見ておらず、そこまで将来を不安視していません。なんだかかわいくて、登場人物の中でも思い入れのある子です」

伊三郎にせよ明日香にせよ、とにかくキャラクターが〝濃い〟。この強烈な個性も、川瀬作品の大きな魅力となっている。

「伊三郎とアクア、明日香は、共同体の中でうまくやっていけない人たちですよね。だからこそ、同じ目標が見つかった時に、大きな力を発揮できたのかもしれません」
 

自分の人生は、誰にもゆだねてはいけない

伊三郎の作るコール・バレネは、やがて町の老人たちの心にも火をつける。「女ものの下着を堂々とショーウィンドウに飾るなんて」と眉をひそめる人も少なくないが、コルセットと着物地を組み合わせて独自のコーディネートを考案する老婆たちも出現。最初は小さな灯火にすぎなかったコルセット革命の炎は、やがて町全体を埋め尽くしていく。
だが、だからと言って町の人々がひとつになるわけではない。伊三郎とアクアさえも、互いを認めあってはいるが、最後まで完全に理解しあうことはない。そこには、川瀬さん自身の人生観が見え隠れしている。

「たとえ夫婦であっても、理解しあえないと思っています。ましてや年齢も育ちも何もかもが違う人同士が、絶大な信頼関係をもって結びつくことはないでしょう。その人がいたから人生が変わったという関係があってももちろんいいのですが、私の場合はあまり成り立たないと思っていて。作中でも伊三郎のセリフとして書きましたが、『自分の人生は、自分以外には誰にもゆだねてはいけない』という思いが根本にあるんですね。彼が80年間生きてきて気づいた真理は、その一点なんです。アクアも伊三郎の考えに共鳴しつつ、最終的には彼と全く違う道を歩むはず。伊三郎から受け取ったものはあるにせよ、独自に道を拓くのがアクアらしいし、そこがいいなと思います」

今回、ミステリー以外のジャンルにチャレンジをしたことは、川瀬さんにとっての〝革命〟でもあった。

「ミステリーは理詰めで書くので、ものすごく疲れるんです(笑)。この小説も疲れましたが、ミステリーとは脳の別のところを使って書いているなと思いました。苦しかったけれど、楽しかった。これを書いたことである種の自信を持てたので、ぜひ今後も書いてみたいですね」

取材・文:野本由起 写真:高橋しのの