ひふみんの愛読書とは?「始めるのが早いだけが能じゃない。芸とはいかに成熟するかが勝負」
更新日:2017/12/6
毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、引退後の初の著書『天才棋士 加藤一二三 挑み続ける人生』を上梓した“ひふみん”こと加藤一二三さん。愛読書『福翁自伝』の面白さとは?
敬愛する福沢諭吉の自叙伝『福翁自伝』の中で、とくに好きなのは教育論だという。
「学校の勉強は10歳くらいからしっかりやればいい。それまでは体力作りをしなさいと、諭吉先生は書いています。いまの時代にはそぐわないかもしれないけど、発想がオリジナルで面白いですよね」
加藤さん自身は14歳7カ月で史上初(当時)の中学生プロ棋士となったが、「必ずしも早く棋士になれば大成するというわけではない」と話す。
「私も藤井聡太さんも中学生でプロになりましたが、18歳から始めてトップ棋士になった人もいます。ピアノでもバイオリンでも、必ずしも早いだけが能じゃない。芸というのは、いかに成熟するかが勝負です。音楽家は、軽い演奏しかできなかったらアウトですよね。どんな世界でも同じだと思いますよ」
敬虔なカトリックの信者でもある加藤さんは、福沢諭吉について語るときは、必ず19世紀に活躍した北イタリアのカトリック司祭・ヨハネ・ボスコについても話すという。
「お二人とも教育者として独自の信念を貫き、命懸けでそれを全うしたんです。ヨハネ・ボスコはイタリアの方なんですが、反対勢力からピストルを撃ち込まれたこともあるそうです。諭吉先生も夜は外出しなかったと書いているので、命を狙われる危険があったということですよね。お二人が活躍された時期はほぼ一緒で、百数十年前くらい。リベラルなことを言う人たちが、理解されなかった時代なんです」
『福翁自伝』は、幕末・明治維新の世相を知ることができる歴史書でもある。激動の時代に偉大な先達がどのような苦労をしたかを知ることは、現代の私たちに生きるヒントをくれると加藤さんは言う。
「偉人伝が大好きなんです。人としてどう生きるべきか、そうした本を読んで、日々学んでいます」
そんな加藤さんの新刊『天才棋士 加藤一二三 挑み続ける人生』(日本実業出版社)もまた、63年にわたる棋士経験から導き出された勝負の哲学が詰まっており、生きるヒントをくれる一冊だ。引退後、ますます忙しくなり、テレビ、各種イベントの出演や講演など、その活動の場をひろげる加藤さんだが、夢として掲げるのは、やはり将棋のこと。自身の新たな名局集を出したいと語る。
「音楽は解説がなくても、聴けばどなたでも感動できると思うんですが、将棋の場合、理解していただくためには、プロセスを解説する必要があるんです。解説を読んでいただければ、将棋の奥深さが伝わり、感動を伝えられる。だから、僕はこれまでの自分の名局を解説して、多くの人に将棋の素晴らしさを伝えていきたいと思います」
(取材・文=尾崎ムギ子 写真=松沢雅彦)
書籍『天才棋士 加藤一二三 挑み続ける人生』
加藤一二三 日本実業出版社 1300円(税別)
1954年に14歳で当時史上最年少の中学生プロ棋士となり、2017年6月20日に77歳で引退するまで、数々の記録を打ち立てた将棋界のレジェンド・加藤一二三。引退後初の著書となる本書では、大山康晴十五世名人や羽生善治棋聖、藤井聡太四段との対戦、交流から、趣味であるクラシック音楽とのかかわり、家族への思いなど、63年間にわたり、棋士として挑戦を続けてきた著者が勝負と人生について語り尽くす。