オカルト大好き少年少女の育ての親、「コックリさんの父」中岡俊哉氏の素顔にせまる
公開日:2017/12/9
中岡俊哉の名を聞いて、ピンとくる人は多いだろう。この名前に心当たりがないあなたも、おそるおそるコックリさんを試したり、テレビの心霊写真コーナーに悲鳴をあげたりしたことがあるのではないだろうか。『コックリさんの父 中岡俊哉のオカルト人生』(岡本和明、辻堂真理/新潮社)は、1970年代以降の日本を“オカルト”の渦にまきこんだ中岡俊哉氏の生涯をたどる一冊だ。
超常現象研究家であった中岡氏は、生涯のうちに約200の著作と約3000以上のテレビ番組に関わった、まさに一世を風靡した人物だった。1970年代のオカルトブームを象徴するメディア映像である、11歳でスプーン曲げをおこなった少年(本書ではJ少年と表記される)やオランダの透視能力者クロワゼット氏による行方不明の少女の遺体発見の陰には、つねに中岡氏の存在があった。これらの映像のショッキングさやその後のバッシング合戦などを鮮明に覚えている人は少なくないだろうが、中岡氏の信念や苦悩についての理解者は当時どれほどいたのだろうか。
彼の生涯を、さらには日本のオカルトブームという社会現象を代表するこれらのトピックについて、本書では中岡氏の視点に立ちながらふりかえる。事実関係が端的に整理されているだけでなく、実力ある超能力者に出会ったときの興奮、人命に関わるスクープ映像を放映するかどうかの決断にせまられる苦悩など細かな感情がありありと描かれており、まるで彼の人生を追体験しているかのように手に汗にぎってしまうところも本書の魅力だ。中岡氏の家族をはじめとする多くの関係者の協力のもと完成された一冊だからこそ、どのページからもリアリティがあふれてくるのだ。
中岡氏はけっして、J少年やクロワゼット氏をメディアのスターとして仕立てあげようとしたのではなかった。「7つ疑って、3つだけ信じろ!」という“七疑三信”のモットーのもと、超常現象を科学的に解明したいという熱意を原動力にして、ひたすら彼らと真摯に向き合ったのだった。
また中岡氏は『狐狗狸さんの秘密』『恐怖の心霊写真集』などの大ヒット作も多数出版している。これらの著作もけっしてオカルトブームを煽りたいという動機から生まれたものではなかった。「コックリさんを試した」「心霊写真のような写真が手元にある」ために不安に陥っている人々に対して、中岡氏なりの科学的解釈をもとにこっくりさんや心霊写真との“正しいつきあいかた”を伝えることで、事故防止や混乱解消をねらう意図があったのだという。また後年には、世にはびこる悪徳な霊感商法や心霊ビジネスに人々がだまされないよう、“本物の霊能力者”を見極めるノウハウを伝える取り組みも進めていた。
確かに中岡氏への世間的な評価は分かれているかもしれない。彼の著作をむさぼり読んだ不思議大好き少年少女もいれば、「こんなの眉唾じゃないか」と文句を言いながら当時のテレビ番組を視聴していた人もいるだろう。しかし彼がもっていた超常現象に対する真面目な探究心や、情報発信者としての責任感は、わたしたち皆がしっかりと知っておくべきだろう。
本書でさらに興味ぶかいのは、メディアに登場する以前の中岡氏の来歴についても語られているところだ。馬賊をめざして満州にわたったこと、日本の敗戦後に中国名を得て激動の中国を生き抜いたこと、家族を得て日本に戻り就職活動に奔走したこと――中岡氏の足跡をとおして、戦中・戦後の歴史が鮮烈に切り取られているのだ。しかもこの間に三度の臨死体験があったというからおどろきである。
ひとつの戦後史として、日本のメディア史として、オカルトの社会史として、そしてもちろん中岡俊哉氏の人物史として――本書をとおして、さまざまな角度から“あの時代”をふりかえることができるだろう。ページを繰りながら中岡氏とともに彼の生涯をかけぬけたあと、あとがきまで至り目頭が熱くなってしまった。ぜひ最後の1ページまでじっくり読んでいただきたい。そしてもちろん、ブックカバーをひっくり返すこともお忘れなく。
文=市村しるこ