異国の軍隊が駐留する“異常事態”の制度化? 「地位協定」とは何なのか?【『主権なき平和国家』著者インタビュー 前編】
更新日:2017/12/19
2017年10月の衆院選では、与党が過半数以上の議席を獲得した。このことから、「憲法を改正する機運が高まるのでは?」という声にリアリティが伴ってきた。ちょっとした席でも改憲か護憲かでバトルになることもある程だ。しかしそれを話し合う前に、知っておかなければならないことがあると、東京外国語大学大学院教授の伊勢崎賢治さんは言う。それは日米地位協定についてだ。ジャーナリストの布施祐仁さんとの共著『主権なき平和国家』(集英社クリエイティブ)の中で伊勢崎さんは、
地位協定とは、ある主権国家の中に何らかの事情で異国の軍隊が駐留するという、“異常事態”を制度化するものです
と語るが、そもそも日米地位協定とはどんなものなのか。伊勢崎さんに伺った。
■日本の地位協定は、世界でもっともアメリカに寛大?
日米地位協定とは1960年1月19日、日米安保条約と同時に署名されたもので、外務省は「日米安全保障条約の目的達成のために我が国に駐留する米軍との円滑な行動を確保するため、米軍による我が国における施設・区域の使用と我が国における米軍の地位について規定したものであり、日米安全保障体制にとって極めて重要なものです」と説明している(外務省HPより)。しかし伊勢崎さんによると、日本のアメリカとの地位協定は「どの国と比べても寛大すぎる」ものだそうだ。
「たとえば『テロとの戦い』を13年もアメリカとNATO(北大西洋条約機構)軍が繰り広げたアフガニスタンでも、アメリカとの間で地位協定を締結しています。しかしその内容は、裁判権と基地の管理権、そして戦争に民間の軍事会社が介入するようになった業者の扱いなどについて、とても譲歩しています。アフガニスタンは今も『準戦時』ですし、日本同様アメリカにとって有利な内容になっている韓国は、今も休戦状態です。日本は『平時』ですよね? なのに、やはり敗戦国であるドイツやイタリア、同じく『平時』のフィリピンとの地位協定と比較しても、アメリカ側に寛大になっています」
日米地位協定は「日本のどこにでも施設・区域の提供を求める権利」(2条)や、「公務執行中の刑事事件についてアメリカ側が優先的に裁判権を行使する権利。日本の捜査機関による身柄の拘禁から免除される権利」(17条)など、全28条で構成されている。具体的な内容は同書に譲るが、17条は2016年4月、沖縄県内で20歳の女性が暴行されて殺害された事件と深い関係がある。
この事件の犯人は「軍属」と言われていたが、正確には民間の出入り業者だった。しかし当初は軍属とするかの線引きがあいまいだったため、米軍が先に身柄を拘束していたら、日本側に引き渡されない可能性もあった。あまりに悲惨な事件だったゆえに多くの人が怒り、声をあげたことで日米両政府は2017年1月、米軍属の範囲を明確化する日米地位協定の補足協定に署名をした。しかしこの犯人のような立場まで軍属扱いしていたのは、日本以外ないと伊勢崎さんは言う。なぜずっとあいまいさが見過ごされたままだったのか。
「日本人が地位協定について疑問を持ち始めたら、一番困るのはアメリカなんです。だからアメリカは原爆を落としたことを含め、戦中と戦後の日本との関わりではなく、戦争そのものを日本人が憎むように誘導しました。そもそも、原爆投下が国際法で断罪されないのはおかしな話ですよね。なのに『戦後、日本はアメリカの協力により復興を遂げた』という考えを日本人に定着させることで、アメリカから何千キロも離れた日本と朝鮮半島に基地を置き続けることを、正当化していったんです。地政学的に見たら東アジア地域で連帯していったほうが合理的ですよね。でもそうはならないように、中国や北朝鮮に敵愾心を持たせるのがアメリカの描いた図式だったので、一部の人に利益が流れるように仕向けて、親米政権を維持できるようにしてきました。そして『アメリカのおかげで平和なのだ』と人々が思い、地位協定に疑問を持たないようにしてきました。こんな状況は日本と韓国ぐらいですが、それでも韓国は市民運動などに後押しされ、地位協定の改定をしています」
■日本には、加害国の一面もある
地位協定で時々話題になるのは「自衛隊の官舎は質素なのに、米兵住宅はとても豪華!」といった切り口で紹介される、思いやり予算だろう。この思いやり予算は1978年に導入されてから15年間で30倍にも膨れあがり、今では米兵家族の水道光熱費まで負担させられている。沖縄返還協定時における日本政府とアメリカとの密約で生まれた思いやり予算だが、ここに疑問を挟むよりも、たとえば生活保護受給者のような、弱者をバッシングする声のほうが日本国内では大きい。なぜ、このような状態になってしまったのか。
「すべての人間には恐怖心があって、国家はそれを利用しています。国家って、世界中の人が仲良くなってしまったら成立しませんよね? 家に鍵をかけるのと同じ心理が、米軍に対して働いているのだと思います。アメリカ側にも『さすがにおかしい』と思っている人がいるのは事実ですが、彼らから『思いやり予算はやりすぎ』とは決して言わないし、言えませんよね。そういう状態が、ずっと続いているんです」
日本ばかりが不均衡を押し付けられている印象だが、「実は自衛隊も、海外では特権を享受している。日本は決して被害国なだけではない、加害国としての一面も持っている」と、伊勢崎さんは語る。
「日本政府は2009年、アフリカのジブチ共和国との間で、ジブチに駐留する自衛隊や自衛隊員の法的地位について定めた地位協定を結びました。これにより、公務中はもちろん公務外でも自衛隊や自衛隊員が現地で起こしたすべての事件について、ジブチの刑事裁判権から免責されるようになりました。ジブチの人から見たらまさに、治外法権そのものです。そしてこれは日本が交渉して得たものではなく、先にフランスがジブチとの結んだ取り決めにならったものですが、そもそもジブチはフランスの植民地でした。いわば『植民地時代の悪しき慣習の残滓』をコピーしたものが、日本とジブチとの間の『地位協定』なのです。だから決して『日本と韓国だけがアメリカからおかしな地位協定を押し付けられている』ということを言いたかったのではありません。国際比較をしてシミュレーションした上で、日本が主権を回復するための新しい地位協定を考える必要があることを、布施さんとともに訴えたかったんです」
平和で独立した国のように見える日本だが、実は戦後一貫して、主権がない状態だと伊勢崎さんは主張する。なぜそのように思うのか、地位協定をどう考えていけばいいのか。続きは後編にて。
取材・文=碓井連太郎