今月のプラチナ本は『大家さんと僕』【ダ・ヴィンチ2018年2月号】
公開日:2018/1/6
あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
『大家さんと僕』
●あらすじ●
お笑い芸人の「僕」が引っ越したのは、新宿区の外れの一軒家の2階。1階には、一人暮らしをする大家のおばあさん。あいさつは「ごきげんよう」、好きなタイプはマッカーサー元帥、お買い物といえば新宿の伊勢丹というチャーミングな87歳。いつのまにか洗濯物を取り込んでくれるような距離感に最初はとまどっていたものの、やがてすっかり仲良しになり――。お笑いコンビ「カラテカ」の矢部太郎が「僕」とおばあさんの日々を描く、ほのぼのエッセイマンガ。
やべ・たろう●1977年、東京都生まれ。お笑いコンビ・カラテカのボケ担当。芸人としてだけでなく、映画や舞台、ドラマなどで俳優としても活躍している。父親は絵本作家のやべみつのり。
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- 矢部太郎
新潮社 1000円(税別)
写真=首藤幹夫
編集部寸評
「幸せ」は勝ち取るものではなかった
今は失われた「ご近所づきあい」がここにある。矢部さんの現在進行形の暮らしを描いたコミックエッセイだが、古い日本映画を観るようななつかしさと、一抹の喪失感がある。僕らがすでに失ってしまった大切な何か。毎日あいさつをして、たまに食事をともにし、どこかへ出かければお土産を買ってくる。不意の留守には、何かあったのかと心配する。世代のちがう者どうしが、どんな人生を送ってきたのか、少しずつ察せられてくる—。「ご近所づきあい」とは何なのか、論じるのではなく見せてくれる本なのだ。家族でも恋人でもない人間が、互いに気にかけ合い、そして幸せを祈っている。競争して自分だけが勝ち取るのではなく、ともに祈り、ともに包まれるような幸せがこの世界にはあったのだ。日常のささいな出来事を描きながら、とても大きなものに触れさせてくれる一冊だと思う。
関口靖彦 本誌編集長。最近読んだマンガでは黄島点心さん『黄色い悪夢』もおすすめです。破天荒なホラー短編集なので、プラチナ本のように「誰が読んでも心にひびく」とは言いづらいですが……。
老若男女にすべからく薦められる
むっちゃおもしろかった。むかし『きょうの猫村さん』が出たときにも衝撃を受けたが、それと並ぶくらいの巧さを感じた。これまでコミックを読んだことのない、かなり高齢な方にもきっと楽しんでいただけるだろうし、柴田トヨさんのベストセラー詩集『くじけないで』の世界観にもつながっていて、100万部級のヒットになる予感。お父さんは絵本作家、ご自身はお笑い芸人という矢部さんならではの描写力と構成力で、シンプルな絵とストーリーなのにさまざまな感情がゆさぶられる。知人がどんどん亡くなっていく大家さんは何を考えるときも自分の死を念頭においているが、矢部さんと暮らすことで未来にも目が向き、華やいでいる感じがなんとも微笑ましいし、そんな大家さんのキャラクターも、それを描写する矢部さんのこともしっかり好きになってしまう。私の祖母にも読ませたかった。
稲子美砂 念願の佐藤正午特集が実現できて感無量です! 直木賞受賞で正午ファンになったという方々に、『鳩の撃退法』をはじめとする既刊群を手にとっていただきたい! そんな願いをこめました。
こんなおばあちゃんに憧れる!
大家さんが素敵すぎて、大家さんと仲良しな矢部さんに嫉妬しちゃいます! 「新宿の伊勢丹までタクシーで行って、明太子おひとつ買われたりされる」セレブな生活なのに、食事は三食ご自分で作られて、若いころの男性のタイプがマッカーサー元帥となると、もう素敵すぎてなにも言えない。私もこんなおばあちゃんになりたいけど、人としての土台が違いすぎて目標にもできない気がします……。とりあえず将来の自分のために、自炊の回数を増やそうかな。それさえハードル高いけど。
鎌野静華 初めてネット通販で靴を買う。試し履きせず大丈夫かなと思ったけど意外に快適。多くの女性の足にフィットする形を研究した企業努力の結果かも。
名も無きボーイミーツガール
“僕”こと矢部太郎さんが、後輩芸人ノグチを可愛がる大家さんを見てヤキモチを焼くシーン。思わず「矢部さん大丈夫だから!」と言いたくなった。大家さんは好きな顔のタイプを芥川や太宰と明言しており、彼ら“一人称僕っ子”の遺伝子を受け継ぐ矢部さんにかまいたくて仕方ないのだ(ノグチの一人称はジブン)。そんな矢部さんが、晩年の大家さんの元にたどり着いた温かさよ。旅先のハワイでも大家さんのことを考えてしまう矢部さんと大家さんの関係は、名前は無くても十分素敵だ。
川戸崇央 巻頭マンガ特集。マンガ家の皆様とライター陣とが作り上げた誌面をぜひご一読ください。トロイカは編集長にも内緒で進めた企画が掲載(怯え)。
チャーミングな大家さんの虜です
なんてチャーミングな大家さんだろう。上品で言葉使いも素敵で、面白くて。ページを繰る度、どんどん大家さんが好きになっていく。だから大家さんが入院してしまったときに、お願いだから悲しい結果にはならないで、と心から思っていた(ちなみに一番ツボだったのは、ボソッと言う「結婚てむずかしいわね」)。読後、実家で同居していた、亡くなった祖母を思い出した。私も一緒にお茶やランチに出かけていればよかった。著者がとても優しい方だからこそ、描けた作品。
村井有紀子 年末に引っ越し。2017年は『いのちの車窓から』『騙し絵の牙』と良書を担当できまして、心機一転の18年も更に楽しい年になりそう!
心地よさの中にある懸命さ
上品なおばあさんの大家さんと、冴えない芸人の「僕」。世の中より少しだけテンポの緩やかな二人の日々は、4コマのリズムと相性抜群で、とにかく読み心地がよい。でも、それだけではない。家の外で独りの大家さんを見かけた「僕」が、いつもより大家さんを小さく、暗く感じてしまい、ついに声をかけられないエピソードはなぜだか心に残る。親子でも友人でも恋人でもない、二人だけの心の寄せ合いの形。ただ温かいだけでなく、生きる懸命ささえも描かれている気がした。
高岡遼 あわただしい年末年始を避け、祖父母に会いに田舎へ。お互い歳はとるけど、変わらない距離感に安心する。張り合いのある孫でいたいものです。
矢部さんがステキだ
住宅がぎゅうぎゅう詰まっている東京で育った私は「ご近所さんとは適度な距離を保ち、お互いの領域を侵すべからず」という暗黙のルールを叩き込まれてきた。だからこの大家さんのように、とつぜん家に入って洗濯物を取り込んでくれる人がいたら、正直ちょっとこわい。でも矢部さんは好意を受けとめ、すっかり仲良くなってしまう。いいなぁ、心の玄関が開いている人ってあこがれる。「自分の領域」なんて、ちょっと侵されすぎぐらいのほうが、楽しくなるのかもしれない。
西條弓子 初めてひとり暮らしをした東村山のアパート(家賃4万円)は、4年間住んだ中で大家さんの顔を見たことはついぞなかった。存在したのだろうか。
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