「思っているほど他人は自分のことを見てない」“女性に読んでほしい度No.1小説” 『エレノア・オリファントは今日も元気です』――独身30歳、友達なし、恋人なしの主人公に共感の嵐!〈座談会〉
公開日:2017/12/28
発売後たちまちベストセラーになり、英米で話題沸騰の『エレノア・オリファントは今日も元気です』(ゲイル・ハニーマン:著、西山志緒:訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)。30歳になった今も毒母に支配され続け、過去の呪縛から逃れられない変わり者のエレノアが再生していく物語だ。英米女性が「勇気をもらった」と絶賛する本作、日本の女性たちは何を感じとるのだろう。同書を読んだ30代女性たちが集まって感想を語りあううち、エレノアの姿を通じて気づかなかった本音が浮かび上がり……。
A=32歳・独身・編集者
B=35歳・婚約中・アパレル営業
C=30歳・独身・デザイン制作
D=34歳・既婚・メーカー営業
■大人になってからの自分、親の影響は受けてる?
A:自分は普通と違うんだっていう、エレノアのコンプレックスと自意識がないまぜになってる感じはちょっとわかるなあと思った。私も昔から、みんなが当たり前にやってることがどうしてできないんだろうって思ってたから。
B:エレノアは逆で、最初は、世の中常識はずれな人間ばっかりで自分みたいにちゃんとした人間は生きづらい、みたいな感じだったけどね。
C:でもそれってたぶん、複雑な生い立ちとか、顔に大きな火傷痕があることの裏返しでしょ? エレノアほど深刻な家庭環境に生まれる人はそういないけど、ああでもわかるなって思えるところがこの本は多かった。親の言葉にいまだに縛られてることってあるし。
A:私も母親から「なんでちゃんとできないの!」ってしょっちゅう言われてたのがずっと残ってる。普通にしなくちゃ、っていつもびくびくしてるんだよね。毒親というほどひどくはなくても、多かれ少なかれみんな親の支配は受けているんじゃないかと思うんだけど、どう?
C:言われてみると、私の優柔不断は母親の影響が強いかもしれない。わりと、自分で決めるというより母親の意向に添う感じの家庭だったのね。父親は褒めてくれるけど、母親には何しても否定されることが多かった。何か決断しようとしても常に親の影がちらついちゃって、自分の判断にいまいち自信がもてない。自分を信じる力が弱いというか。
D:そういうのって恋愛にも影響しない?
C:する。不満や不安があっても言えないし、相手のペースに流されちゃいがち。家族のことは好きなんだけどね。いわゆる田舎の大家族で、小さい頃から親戚の大人たちに囲まれることも多くて、それは今でも楽しい空間なんだけど、とりあえず“いい子”でいるくせはついちゃってる。彼氏に対してもそう。で、溜め込んだぶんあとで爆発したりする(笑)。
B:いい子でいちゃうのはちょっとわかる。うちは、父親が威圧的な人で。忙しいからたまにしか帰ってこないんだけど、休みの日はお酒を飲んで不機嫌なことも多くて怖かった。はやく家を出たくてしょうがなくて、自分の意志を通すために黙って計画してひとりで実行する、っていうタイプに育った気がする。なかなか本音を見せられない、甘えられないっていうのは同じ。私も突然キレて、関係を絶ったりするし(笑)。
A:環境も性格も違うのに、結果は似るんだ(笑)。
D:私は親子関係に悩んだことないから、エレノアの気持ちはわからないことが多いけど……、でも、自分の存在の不確かさみたいなものを感じる描写は共感したな。
〈本当は自分はここに存在していないんじゃないか、想像上の生き物なんじゃないか、と思うことがよくある。かろうじて地球に結びつけられてはいるけれど、自分と地球をつなぐ“糸”が綿あめみたいにひどく細く、頼りなく感じられるのだ。〉
D:ただ、自分の存在が頼りないって思うからこそ、私は逆に爪痕を残してやろうって思う。自分の殻に閉じこもりがちなエレノアとは真逆だね。
B:エレノアみたいな子がいたらどうする?
D:絶対に近寄らない。でもそれは嫌いだからとかじゃなくて、合わないなあって思うから。こういう子もいるんだな、ってスルーする。
C:Dさんは、この本に出てくるローラみたいなタイプだ。自覚的に欲しいものはちゃんととりにいく。
A:エレノアは会社の人たちに嫌われてる、笑われてるって最初の頃は思ってるけど、実際周囲の人たちってDさんくらいライトな感覚だよね。感じよくない相手だから、こっちも相応の対応してます、くらいで。
C:それ以上の他意はなかったりする。エレノアは客観的に自分を見ようとしすぎて、逆に自意識過剰なのかも。
B:たしかに。でもさ、自分に自信がないときほど他人の目がやたら気になるよね。他人と自分を比べてもいいことないなあとは思うけど。
D:わかる。仏教では、他人と比べるところから不幸は始まるっていうし。でもどうしてだか、やめられないんだよな。
■抜け出せない「もっと幸せになりたい」という想い
A:エレノアは他人を気にしすぎて「自分はひとりで生きていける」ってむやみに思い込もうとしているよね。そうやって意固地に他人を拒絶して、自己完結の世界に閉じこもっちゃう気持ちもよくわかるんだよな。Dさんは逆だよね。「爪痕を残してやろう!」って強気で思えるのは、やっぱり自分に自信があるから。
D:いや、ないですよ。むしろ自信がなくて、他人と自分を比べまくり。だから結婚も絶対にしたかった。結婚できない自分、みたいなものになりたくなかったから。ところが結婚してもそこで終わりじゃないっていうのが人生の難しいところで。
A:まあ、人と比べようと思ったら無限にし続けられるもんね。
D:そう。今度は子どもがいないとか持ち家じゃないとか、自分に欠けているところばかり目につきはじめる。中学受験戦争に放り込まれていたからなのかなあ。成績順で机を並べられて、順位付けされることが当たり前だったんだよね。頭のいい子たちみたいな枠でテレビに出たこともあって。1番になることだけが目標だったから、競争に勝つってことが染みついてるのかも。
B:順位だけがすべてじゃないのに。
D:いやそれがすべてでしょ、って今でも思っちゃう。でもあれだけ期待されて選ばれた場所にいたはずなのに、今の私は何?みたいな自信のなさも同時にある。
A:最初に挫折を感じたのって、いつ?
D:会社入ったときかな。遅いよね。第一志望の会社には入れたんです。しかも希望部署に配属された。でもそこ、男社会で。お前は女だからだめだって初日にため息つかれて。そんな自分にどうしようもないことで文句言われても!ってショックだった。死ぬ気で働いたけど思うように認めてもらえないし、毎日しんどくて、帰り道に我慢しきれずわあわあ泣いてたな。
B:いやそれはつらいよ。努力だけでどうにかできる問題でもないし。
D:上昇志向が強すぎるんだよね。最近でも、もっと幸せになれるはずだったのに!って泣きながら寝たことがある。旦那とうまくいっていないわけじゃないけど、それなりに不満はあるから、もっといい人がいたんじゃないかとか、仕事でも、もっと頑張れば上に行けたはずなのに努力を怠ってしまったがためにこんなところで止まってしまったとか思って。欠けているものが一つでもあると、悔しくなっちゃう。だから自分のことも好きじゃない。できない、足りないことばかりが気になって。
A:それは単に極度にがんばりやさんなのでは。
D:そう言ってもらえるとありがたけど。失敗したくない、っていう気持ちがいちばん大きいんだよね。うちはたとえば受験のときに、浪人は絶対認めないから落ちたら必ず就職って言明されるとか、先に罰がはっきり提示される家庭だったの。だからいつも逃げ道を用意して失敗しないようにしてきた。保険をかけ続けているせいで、自分が全力を出しきった達成感みたいなものが自分では感じられないのかも。
C:そういえば私も「欲張りだね」って友達によく言われる。うちは躾が厳しい反面、わりとなんでも与えてもらえていたから、欲しいものが手に入らないのもやりたいことをやれないのもいや。たとえば結婚したら、そこで終わりがきて手に入るべきものが入らなくなるんじゃないかと思って怖くなるし、恋愛しててもいつもどこか満たされない自分がいる。
B:うちは逆に、おもちゃもほとんど与えられない家庭だったから、ほしいものを手に入れるにはどうしたらいいかを考えるようになった。ない中でどう工夫していくかっていう。
D:ずるい。好感度高い(笑)。でもそのほうが幸せだよね。
B:どうかなあ。当時は、欲しいものは欲しかったよ。親は想像力を育てるためにあえてそうしたっていうけど、いや何も考えてなかったでしょって思う(笑)。ただそのおかげか、他人と比べて悔しくなることもあんまりないかな。今の彼とならどんな辺鄙な場所へ行っても楽しみ見つけて幸せにやれるな~って思うし。
D:惚気か! 私はたぶん、田舎に行ったら都会暮らしが、都会にいたら田舎暮らしが羨ましくなるタイプだな。とことん、ないものねだり。
C:ほんと、育ってきた環境や親の方針が与える影響って大きいね。無意識に人格形成されてるんだなって、話しながら気がついた。
D:エレノアが悲惨な過去を抱えているにもかかわらず、彼女に同調してしまうのはたぶん、お母さんの描かれ方がリアルだからだよね。ああ、親のこういう言葉に傷ついたよなあとか、こんなふうに親が望むことに子供は誘導されていくんだよなあとか、どんな女性にとっても他人事じゃないんじゃないかなと思う。
■「変わらなきゃ」ではなく「変わりたい」と思うことが大事
A:Dさんは「もっと幸せになれるはずだったのに」っていう悔しさとどうやって折り合いつけたの?
D:あきらめざるを得なかったというか。親に「なに勘違いしてんの、あんたの限界はそこなのよ」とか言われて。それでも納得できなかったから占いに行きまくったんだけど、行く先々で「足りないところを自分から見つけて不幸になりたがるのはやめろ」とか言われるし。
C:的確(笑)。
D:一緒に旦那の悪口言ってくれる人探してたのに、味方がひとりもいなかった。
A:でもそこまで貪欲になれるの、すごい。私は仕事なら悔しくて泣くことあるけど、プライベートで自分の幸せにそこまで期待できない、というかあんまり幸せなことがくるとそのぶん仕事で失敗するとか、不幸がくるんじゃないかと不安になる。
C:女子は不安症になりがちだよね。なんにでも“ずっと”はないって大人になるとわかってくるけど、それでも続いてくれる幸せが欲しくておろおろする。
B:私も昔、結婚を考えて生活の全部を注いでいた人がいなくなったことがあって。いつも最悪の事態を想定するようになっちゃったな。友達には、そんなこと起きないから考えるなって言われるけど。
A:私も彼氏と付き合いはじめたとき、あまりに順調で怖い、ばちがあたるとか言ってたら友達に「かわいそう」って言われた(笑)。でも不安になりすぎると、逆に不幸を招くっていうか。よくも悪くも自分ってこういう生き方しかできないんだな、っていうのを受け入れると楽になる気がする。
B:あきらめるって大事だよね。穏やかになれる。怒りって期待の裏返しだし、現状に満足できないのは自分に過度の期待をしすぎてるからだから。自分を卑下するのも、自己愛の裏返しだしね。
A:昔ある人に「自分を嫌いになるのは簡単。嫌いなら好きになる努力をしなくちゃいけない」って言われて、“私なんか”って思うのやめるようにしたことがある。エレノアもそうだよね。今の自分じゃだめだって少しずつ気がついて、みずから変わろうとし始める。もちろん一朝一夕にはうまくいかないんだけど、自分なりにメイクをしてみたり、他人と関わろうとしてみたりさ。その過程が読んでいてすごく面白かった。
〈生きづらいこの地球上で、なぜ私たちは与えられた一定期間、存在し続けられるのだろう? その理由のひとつは、変化する可能性がそこにあるからじゃないだろうか。〉
A:「変わらなくちゃいけない」じゃなくて「変わりたい」が大事というか。エレノアがむずかしい性格をしていて人とずれていること自体は、物語でひとつも否定されてない。むしろレイモンドっていう友達ができることで肯定されている。その上で、変わったほうがいいところを自覚して成長していく。その描かれ方がよかったな。
C:少しずつ変わっていって、全部うまくいきはじめたと思ったのに、恋愛で手痛い経験をしたせいでこれまで以上にどん底に落ちて、結果飲んだくれて死にかける、っていうのもよかった(笑)。
B:あれは親近感わいた(笑)。私もつらいことあると飲んでどん底まで落ちるから……。
A:お酒は適量だと憂さ晴らしだけど、飲み過ぎるとむしろ精神状態悪化させるから。
C:実は私もエレノアみたいなことをやらかして。彼氏が浮気してると思い込んで、酔った勢いでマンション突撃したんだけど、それが違う人のおうちだったの。
A:それはやばい(笑)。
C:向こうから押せ押せで付き合ったわりには連絡がマメじゃなくて、忙しいのはわかるけどなかなか会えないし、不満に思っていたところに家で女ものの化粧品ストックを見つけて。
B:元彼女の置き忘れとか、存在じたいが頭から抜けてたんじゃないの?
C:かもしれないけど、これまでもダメ男と付き合ってた経験から、直感的に「あやしいな」と。そこで問いただせばよかったんだけど、いい子癖が発動して、その場ではにこにこしたまま何も言えず。後日、全然連絡がつかないのを浮気してるからだと思い、慣れない日本酒を飲んで酔った勢いで突撃を……。
D:それで間違ったんだ。いい話だ(笑)。
C:状況や環境に左右されやすいエレノアの気持ちはよくわかるんだよね。調子のいいときは尊大なくらい自信満々、だけどだめなときはありえないくらい自虐的。みんな、そうなのかな。
B:そうだよ。エレノアも言ってたじゃん。「自分の人生をどう生きればいいかずっとわからない、自分の謎を解けずにいる」って。この本に共感した英米女性がたくさんいるなら、失恋で酔っておかしくなるのも、自分に自信がもてないのも、世界的にスタンダードってことだよ。
A:だってここにいる人たちみんな、私以外もっと自信満々に生きてると思ってたよ。家族のことも、大問題はなくてもみんな何かしらあるんだな~って安心した。
D:エレノアにはレイモンドがいてよかったよね。彼との関係が友達だからよかった。恋人だと見返りを求めるけど、友達ならただ一緒にいられる。お互い過度な期待をせずに寄り添ってくれる相手がいるというのは大事だよ。
B:それから我を忘れない程度の、適度なお酒ね!(笑)
と、尽きない話で盛り上がった座談会。4人が共通して好きな場面としてあげたのは、物語の最後。逃げ続けてきた過去に向き合い、母親の呪縛を断ち切る一歩を踏み出すエレノアの姿だった。
〈私は自分自身の声、自分なりの考え方が好きだ。もっとそれらに耳を傾けたい。だって、そうすると気分がいいし、落ち着くから。何より、自分が自分でいられる気がするから。〉
他人を必要とせず、ひとりで生きていけると頑なになっていたエレノアがこの言葉にたどりつくまでの過程を、ぜひ日本の読者の方も一緒にたどってみてほしい。
取材・文=立花もも 撮影=山本哲也