なぜ「川崎中一男子殺害事件」は、世間の注目を集めたのか? 社会の闇を追い続けるルポ作家が、“現代社会のひずみ”を明らかにする

社会

更新日:2018/1/12

『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(石田光太/双葉社)

 いくら時が経っても、忘れられない悲惨な犯罪というのがいくつかある。そのなかでも、未成年者が起こした犯罪は数が少ないことと、背景に複雑な事情があることが多く、私たちの記憶に鮮烈に残り続ける。

 2015年2月に起きた「川崎市中一男子生徒殺害事件」も、人々の記憶に残ってしまった事件の一つだ。

 多摩川の河川敷で、全裸の少年の遺体が傷だらけで発見される。のどかな島根県の西ノ島から、親の離婚をきっかけに川崎に転校してきた中学一年生の少年が、18歳と17歳の少年3人に殺害された。被害者の少年は、母親に引き取られて川崎に引っ越したが、母親に恋人ができたことや兄弟が多いことから、家庭のなかで居場所をなくし、不登校の後に悪い仲間と付き合うようになったことで事件にまきこまれてしまう。

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『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(石田光太/双葉社)のタイトルにある「43回」は、少年がカッターで全身に傷つけられた回数である。加害者少年も、最初は殺すつもりはなかったようだ。けれど、酒に酔って傷をつけるうちにエスカレートしていき、「殺すしかない」との思いにかられてしまう。なんとも凄惨で悲しい事件だ。

 本書は、国内外の貧困や事件についてのルポルタージュを多数手掛ける石井光太氏の最新作である。小説も執筆する石井氏だからこその、文学的な筆致で事実を繋ぎ合わせ、事件の全容を時系列で細やかに描き出していく。

 少年の父親の家庭環境から母親との関係、加害者少年たちの背景まで、証言をもとに丁寧に書き起こすことで、この事件を生み出した社会のひずみや闇を浮き上がらせるのだ。

 被害者や加害者の背景に焦点を当てるのはもちろんだが、石井氏はこの事件が世間を賑わせた理由についても探っている。

 犯行現場となった河川敷には、少年の死を悼み1万人近くが献花に訪れている。首都圏だけでなく、全国から献花に来る人が後を絶たず、献花を片付けるボランティアまで結成されたほどだ。どうして、この事件だけがこんなにも世間の注目を集めることになったのか。

 それは、かつて家庭の事情などの不条理な理由で社会の中で居場所を失い、道に迷った大人たちが、少年の死に自分の姿を重ね合わせていたからである。少年のように辛い思いを抱えた人が、全国に無数に散らばっているということなのだ。

 少年は無残にも殺されてしまった。少年の父親は加害者に復讐したいとすら思い詰めるほどだ。そして、世の中には行き場のない少年のような存在がまだまだいるに違いない。

 二度と起こってほしくない悲惨な事件を、本著を読んで思い返すことで、社会の闇や現代のひずみについて、思い巡らせることができるのではないだろうか。

文=ナガソクミコ