『みをつくし料理帖』『しゃばけ』に続く、ほんわかしんみり江戸人情小説登場。名宿で新米「お部屋係」の少女が奮闘!

文芸・カルチャー

公開日:2018/1/18

『湯島天神坂 お宿如月庵へようこそ』(中島久枝/ポプラ社)

『湯島天神坂 お宿如月庵へようこそ』(中島久枝/ポプラ社)は、人気急上昇中のほんわかしんみりお江戸人情もの小説だ。

 時は幕末。慌ただしい世情とは無関係の、ごく平凡な町人の少女だった梅乃は、ある時、火事によってたった一人の肉親である姉が行方不明になってしまう。「姉はきっと、どこかで生きている」と江戸の町を探すが、行方は分からなかった。

 住んでいた長屋も燃えてしまい、途方に暮れた梅乃は、ひょんな縁から湯島天神坂にある、如月庵という宿で「部屋係」として働くことに。

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 知る人ぞ知る「名宿」如月庵は、ワケアリな奉公人たちがたくさん勤めるちょっと変わったお宿。また、やってくるお客さんたちも、何やら事情のある人が多い。

 お宿にやって来た売れない絵師が、一世一代のチャンスを掴むために受けた大きな依頼は「むごくて美しくて恐ろしい美人な幽霊」を描くこと。梅乃は「部屋係」として、絵師に最高の絵を描いてもらえるように奮闘するが、絵師は「見たものしか描けない」と言い……。

 はたまたワケアリの花嫁や、武道よりも和算を習いたい少年、ウソつき子ども事件等々、旅館に泊まるお客たちがもたらす「困りごと」に、梅乃は持ち前の素直さと子どもらしい純真さで、失敗したり、落ち込んだりしながら精一杯関わっていく。

 そして遂に、行方不明だった姉が登場? しかしそれは、異なる事件に繋がっていて……。

「時代小説」というと、コアなファンか「おじさま」しか読まないイメージがあるやもしれないが、本作は難しい専門用語がたくさん出てきたり、登場人物たちが馴染みのない堅い口調でしゃべったりする「本格派時代もの」ではない。

 だからといって「薄っぺらい」というわけではなく、江戸の街並みや、当時の人々の考え方だったり、生活の様子だったりがしっかりと感じられるので、時代物好きの読者にも受け入れられる一冊になっているはずだ。

 高田郁さんの「みをつくし料理帖」シリーズや、畠中恵さんの「しゃばけ」シリーズ、西條奈加さん『まんまるの毬』などがお好きな方には、きっと好まれる作品ではないだろうか?

 また、佐伯泰英さんや上田秀人さんの描く「江戸もの」が好きなのだけれど、女性を主人公にした、少し色合いの違う物語を読みたいという方にもおススメだ。

 簡潔な書き口とほんわかする物語の中に、人の抱える悲哀、闇、弱さなどが垣間見えたりもして、物語がただ「明るい」だけでないところに「深み」があり、幅広い年代に支持される作品だと思う。

 また、著者の中島さんはフードライターとしても活躍されているそうで、お江戸料理の描写は格別だ。「おいしそう」だけでなく、その料理に込められた「人情」まで伝わってくるようだった。

「如月庵」には、まだ多くの謎が秘められているようなので、ますます面白くなってくるであろう本作。「大」人気になる前に、要チェックだ。

文=雨野裾