「駐車場 雪に土下座の 跡残る」――“新宿歌舞伎町俳句一家・屍派”のアウトローな俳句の世界
公開日:2018/1/28

江戸時代から人々の間で親しまれている俳句。季節を象徴する言葉を入れた五・七・五の短い詩だ。たった十七文字といっても、詠まれる季節や詠む人によって醸し出される雰囲気が大きく違ってくる。自然の音に耳を傾け、その余韻にまでひたっていることが伝わってくる松尾芭蕉の句。目に映るものをそのまま文字に起こす写実的な句を詠んだのは、正岡子規。といったところであろうか。
現代の新宿・歌舞伎町へ目を向けてみると、そこではこれまでに詠まれてきたものとは一線を画した俳句が詠まれているようだ。そんな俳句を集めて編まれた『新宿歌舞伎町一家「屍派」 アウトロー俳句』(北大路翼:編/河出書房新社)には、歌舞伎町の路地裏の一角で行われる句会に夜な夜な集う人々のやりきれない気持ちがありのままに表れている俳句が幾多も連ねられている。
本書に掲載されている俳句を詠んだのは、バーテンダー、元ホスト、女装家、ニートなど、いわゆる“はみ出し者”ばかりだ。彼ら“はみ出し者”が名乗る句派は「新宿歌舞伎町俳句一家・屍派」だ。句派の「屍」という言葉にはいったいどのような思いが込められているのだろうか。本書に詠まれている一つひとつの俳句を味わっていけば、きっとその答えはおのずと見えてくるはずだ。


駐車場 雪に土下座の 跡残る
キャバクラで金を払えなかった客がヤクザに頭を下げているのだろうか。それとも、客の奪い合いに負けたホストの惨めで無様な姿だろうか。雪が深々と降り積もる冬に、心にも身体にも突き刺さる屈辱を味わった当の本人はもうそこにはいない…。
浴衣着て 立ってるだけの アルバイト
居酒屋の客引きだろうか。それともガールズバーやキャバクラだろうか。とにかくお金を稼がなければいけない。遠くに花火が上がっているのが見える。「恋人のいないわたしはこんなところでいったい何をやっているのだろう」とでも思っているのだろうか。
俳句は詠むのも解釈するのもその人の自由だ。大切なのは、句を詠み続けることで様々な視点から社会を見つめることである。本書の編者でもあり「屍派」の主催者でもある北大路翼氏は、いろいろな視点で社会を見つめられるようになれれば、生きるのが多少楽になる旨を述べている。また、「社会に息苦しさを感じ、悩んでいる人、不満や苛立ちを抱え、その捌け口を探している人は、いつでも屍派の句会に参加してほしい」とも語っている。
先日歌舞伎町で痛い目にあった“はみ出し者”のわたしも、「屍派」に参加したつもりで一句詠んでみよう。
「がまぐちを 空(から)にするまで 鉄とびら」
屍派の句会には参加できないみなさんも本書を手に取り、彼らのくり広げる古くて新しい俳句の世界をぜひとも堪能していただきたい。“はみ出し者”たちが詠む俳句を味わうことで、心の中には「同情」か、あるいは「勇気」に似た何かが湧き起こってくるかもしれない。
文=ムラカミ ハヤト