川崎はディストピアか、ユートピアか? 日本の縮図でもある街の姿<インタビュー後編>
公開日:2018/1/30
中学1年生の男子生徒が殺害された事件以降、神奈川県川崎市は『川崎国』と揶揄され、それ以前から南部の臨海工業地帯は「アレな地域」として、スラムツーリズム(貧困地区への観光)のターゲットにされてきた。『ルポ川崎』(磯部涼/サイゾー)は、そんな川崎に暮らす若者たちを描いている。著者で音楽ライターの磯部涼さんはなぜ、川崎をテーマにルポをまとめたのか。インタビュー後編をお送りする。
■川崎には子どもを、命がけで守る大人がいる
2015年11月、川崎市南部にある桜本という地域で、ヘイトデモがおこなわれそうになった。地元の抗議によりルートが変更されたが、この件があったことで地元愛を意識する子どもたちが現れたと、磯部さんは言う。
「川崎南部は住民同士の繋がりが強い地域ですが、一方でヤクザに絡めとられたり、犯罪やドラッグに染まったりする子どももいます。だから彼らが皆地元を愛しているかと言えば、そんなこともなくて。しかしヘイトデモがあったことで、自身のルーツや住んでいる町について考えるようになった子どももいます。それに対しては非常に複雑な思いがありますね」
地域や自分自身について考えることは大事だが、「そのためにヘイトデモがあってよかった」とはまったく思えないし、ないほうがいいに決まっている。だから川崎にはヘイトデモから子どもたちを、命がけで守ろうとする大人がいると磯部さんは言う。
「C.R.A.C. KAWASAKIという、ヘイトデモに抗議するためのカウンターのメンバーはデモ当日、身を挺して阻止しようとしました。このC.R.A.C. KAWASAKIは、ヘイトデモカウンターのC.R.A.C.というチームから派生したものです。C.R.A.C.は地域に根差さない、差別の非当事者によるアクションでしたが、C.R.A.C. KAWASAKIはC.R.A.C.と連帯しながらも、やり方は違います。『桜本フェス』という祭りに参加したり、川崎で長く運動をしてきた人たちと交流したりと、地域に根差した独自の活動をしているんです」
同書に登場するC.R.A.C. KAWASAKIのメンバーは1人が川崎出身だが、愛知出身もいれば静岡出身もいる。いわば川崎に流れ着いた彼らは、住み始めた当時はブラック労働と街の狭さに辟易して「川崎なんてぶっ潰してやる」とすら思っていたそうだ。しかしどんな人間でも受け入れる空気に、居心地の良さを感じるようになったという。そしてパンクが好きで集まった彼らは、「アンチ・レイシズムはパンクの教養だから」と反ヘイト活動を始めたことで、ふれあい館と接点を持つようになる。
「在日大韓基督教会川崎教会の牧師で、ふれあい館を設立した李仁夏(イ・インハ)さんは、在日コリアンの立場からキリスト教を問い直していく『在日神学』を考えていたそうです。彼が影響を受けたのは黒人に根差した宗教の在り方を考える『黒人神学』で、それは流浪の民の神学でもあります。桜本のキリスト教はアファーマティブ・アクション(被差別者の地位を向上させる運動)を起こす世界中の団体との関わりが強いので、C.R.A.C KAWASAKIとの出会いは、ある意味必然的な流れだったのではないでしょうか」
■川崎が地獄なら、自分が住む町だって地獄のはず
取材を始めた当時はBAD HOPやC.R.A.C. KAWASAKIぐらいしかツテがなかったものの、足を運ぶたびに知り合いが知り合いを呼ぶようになったので、「どこで取材をストップするか悩むぐらい、いくらでもエピソードが飛び出してきた」そうだ。
「ここに登場する不良たちは話してくれないどころか、聞いてないのにあれこれ話してくれました(笑)。時に自慢話になったり、彼らの中でも川崎は治安が悪い町というのがアイデンティティなのか、口調から『ヤベーだろ?』って空気が伝わってくるのがすごく印象的でしたね。逆にあまり話を聞けなかったのは女性で、15章のうちの1章しか出てきません。ダンサーの君島かれんさんの章に出てくるのは、ようやく出会えてようやく話が聞けた女の子たちです。なぜなら男の不良話は武勇伝が多いけど、女の子は売春や風俗、レイプなど性に関わるデリケートな話が多いので、男である自分には聞き出すのが難しいところがあったんです」
取材を終えた今、磯部さんは川崎を「地獄」と思っているのだろうか?
「実際に取材して思ったのは、地獄どころかタブーなんてない、普通の町だということです。なぜなら貧困も暴力も性的搾取も、どの町にもあるものだから。一見すると『え? こんなことって日本にあるの?』と思うかもしれませんが、足元を見れば川崎が地獄なら自分の町も地獄のはずだし、その地獄の中には、必死に光をつかもうともがいている人たちがいる。読み進めていくと、背部分の帯に書かれた『この町の現実は日本の縮図だ』ということがわかると思うんです」
今回は人に寄ったルポルタージュを手掛けたが、今後は街の歴史などを軸にした、川崎論のようなものを構想していると磯部さんは明かす。
「何冊か参考にした本があるのですが、その中にマイク・デイヴィスの『要塞都市LA』(青土社)という本があります。ユートピアでもありディストピアでもあるLAという土地の歴史や現状をもとにした都市論なんですが、川崎もそういう論が展開できる町だと思うんです。だって南部は『川崎国』と揶揄されるのに、中部の武蔵小杉はオシャレなタワーマンションが林立していて。本当に様々な表情のある町なんですよね、川崎って」
取材・文=碓氷連太郎