ゾっとしつつも笑ってしまう! 厳しい自然を生き抜くための秘訣とは?
公開日:2018/2/3
誰もが、何かしらの問題を抱えながら生きている。そんな中で、生きものの姿に癒やされ、時には羨ましく思うこともあるだろう。生きものたちの暮らしは、人間の悩みなどまるで関係なく、自由で、のどかなものにみえる。
だが、『たいへんな生きもの 問題を解決するとてつもない進化』(マット・サイモン:著、松井信彦:訳/インターシフト)を読めば、そんな穏やかなイメージなどまったくの誤解であることが、痛いほど理解できるだろう。本書には文字通り、痛い話が満載だ。私たちの暮らしの中で、隣人がある種の胞子にとりつかれてゾンビ化した末に、さらにあなたに胞子を振りかけてくるなんてことがあるだろうか?
昨今、生きもののおもしろい生態を紹介する本がよく読まれているが、その類のことに興味をもつ人が多いのはアメリカでも同じであるようだ。本書の著者は、『WIRED』誌に、生物やテクノロジー関連の記事を寄稿しているサイエンスライター。生きものへのややオタクじみた愛情と、ユーモアにあふれた文体が冴え渡る。
■問題だらけの生と、おどろくべき解決策
ほとんどの動物は捕食者であると同時に獲物である。何しろ、動物界における死因のトップは「食べられてしまうこと」だ。老衰で最期を迎えられたら相当運がいい。安らかさとはほど遠い生をより有意義にするために、自然の見えざる手は、問題解決への進化をさまざまな形で促してきた。その独創性やクリエイティブさたるや、人間から見るといささか斜め上を行くことが多いようだ。
・アリ断頭バエ
たとえば、「アリ断頭バエ」というすさまじい名のハエは、幼虫を守るという問題解決のために、信じられないような進化をとげた。そのハエは、生きたアリの体内に卵を注射する。生まれた幼虫は、アリの体内を頭部へ移動、体液を吸って育つと化学物質を放って宿主をマインドコントロールし、適切な場所へ導くという。そこでアリの体の膜を分解する化学物質を放ち、その名の由来のとおり頭部を落とす。そしてその落ちた頭部の中で脳を食べ、成虫となって出てくるのである。そのおぞましさときたら、あのSF映画に出てくる遠い宇宙の寄生生物ですらかわいらしく思えるほどだ。
・アンテキヌス(有袋類の一種)
遺伝子を次代へ伝えるということは、生きものにとって重要な問題だ。だが、そのためにオスが3週間ぶっ続けで出会えるだけのメスと片っ端から交尾した上、ついには毛が抜け落ち、内出血し、失明したあげくに死んでしまうというアンテキヌスという有袋類の生態は壮絶だ。
・マンボウ
一方で、同じ子孫を残すという問題への対処として、マンボウは一度に3億個の卵を放つという方法を取った。ほぼ皆殺しにはなってしまうが、それでもごく一部は生き残る。「下手な鉄砲も…」というわけだ。
他にも、乾燥した環境への適応を進めた結果、宇宙空間にさらされても生きていられるようになったクマムシ。オスがメスの体に融合してしまうチョウチンアンコウ。4700℃の衝撃波を放つ腕前をもったテッポウエビ。奇妙な進化をとげた生物たちが、本書には次々と登場する。
■進化はまだ経過途中だという衝撃
地球上に生まれたひとつの微生物を発端に、果てしない時間をかけ、生きものたちは途方もなく多様に枝分かれし、進化してきた。その結果として、問題解決の能力がある生きものだけが、今この地球上に生きることを許されている。
しかし、現在の生きものは、生命38億年の歴史の中でも最大の課題を抱えていると、著者は言う。消えていく森、汚れる海、変わる気候…。それらの問題に対して、自然はまたとんでもない形の進化という、おせっかいな解決策を提示してくるかもしれない。その時に、人間が対象外でいられるという保証はないのが、怖いところだ。
著者の言葉を借りるならば、本書によって得られる知識は、人間として生きることの問題解決には役立たないかもしれない(そのまま真似するわけにはいかない事例ばかりだ)。
でもまあ、自分が今抱えている問題など大したことはない、と思えたならば、それもひとつの課題解決ではないだろうか。
文=齋藤詠月