人は“ヘンテコ”な行動で損している!? 人間の心理から経済を解明する「行動経済学」
公開日:2018/2/5
昨年10月にノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者、リチャード・セイラー。彼がその研究によって貢献してきた「行動経済学」が今にわかに注目を浴びている。
『行動経済学まんが ヘンテコノミクス』(佐藤雅彦、菅俊一、高橋秀明/マガジンハウス)によると、行動経済学とは「従来の経済学では説明しきれない人間の経済行動を人間の心理という視点から解明しようとする新しい経済学」。例えば、セイラーの提唱する「ナッジ理論」では、空港のトイレの便器にハエを描くことによって清掃費の大幅な削減に成功したという。使用者が無駄に小便を飛び散らさず、描かれたハエに狙いを定めるようになったからである。このように、普段の生活の中で「ナッジ」、つまり注意を引くために人を肘でそっと小突いて非合理的な行動を正すのだ。
本書を読むと、私たちが普段いかに非合理的な、つまり“ヘンテコ”な行動をとっているかということに気付かされる。逆にいえば、行動経済学を知ると“ヘンテコ”な行動が正され、より合理的でスマートな生活ができるかもしれない。だが、経済学というと市場の仕組みがどうとか、アダム・スミスがどうとか、門外漢の人間にとってはたいてい小難しくてチンプンカンプン。説明を聞いてもだいたい眠くなってくる。本書では、身近な出来事を例に挙げて愛嬌たっぷりの漫画で独特のギャグセンスを交えながら教えてくれるから楽しく学べる。本書の中から実生活に役立ちそうな理論を紹介しよう。
■報酬が動機を阻害する「アンダーマイニング効果」
少年たちが毎日のように民家の塀に落書きをしている。家主のおじいさんがいくら怒っても少年たちはやめない。そこでおじいさんは少年たちに落書きをするたびにお小遣いをあげることにする。喜んで落書きにいそしむ少年たち。ところが、ある日おじいさんはお金がもうないからとお小遣いをあげなくなってしまう。すると、少年たちはやる気を失くし、落書きをパッタリとやめてしまった。
このように、好きでやっていたはずなのに報酬を与えられることによってやる気をなくしてしまう現象を「アンダーマイニング効果」と呼ぶそう。大リーグで活躍するイチロー選手はこのことがわかっていて、モチベーションを下げないためにも国民栄誉賞という大きな報酬を辞退したとか。イチロー選手でさえこうなのだから、自分のやりたいことを思うようにやるためには、その動機を邪魔してしまう報酬は受け取らない方が吉なのだろう。
■出来事を勝手に結び付ける「錯誤相関」
ある女子高生が、朝の教室でふでばこを忘れたことに気付く。そんな時に限って一時間目から漢字の抜き打ちテストが始まり、友達からペンを借りる。テストをやりながら彼女は以前にもふでばこを忘れた日に漢字の抜き打ちテストがあったことを思い出す。数日後、彼女は家で漢字を猛勉強し、翌朝わざとふでばこを持たずに登校。抜き打ちテストをやるのではないかと期待したが、先生は通常通りに授業を進めるのだった。
女子高生は勝手に「ふでばこを忘れると、必ず抜き打ちテストがある」と思い込んでしまった。他人事だとバカみたいに思えるが、自身を振り返ると思い当たることがある。「こんなことがあると、こんなことが起こる」と経験だけで根拠なく信じていることはないだろうか。だが、これは行動経済学では「錯誤相関」と呼ばれるもの。人はよく、たまたま起こった2つの出来事を勝手に結び付けて関係性を見出そうとするらしい。冷静に考えれば実際にはまったく関係がないので、非合理的な考えに振り回されないようにしたい。
人間は非合理的なふるまいを多くするもの、というのが行動経済学の考え。だから、行動経済学の理論を知っておいて損はない。だが、何もかも合理的に考えて行動するのも面白みに欠ける。道筋に沿った行動ばかりでは、ほとんど予測できることしか起こらなくなるだろう。それでは心が動かされることが減ってしまう。そう思えば非合理だとわかっていても“ヘンテコ”と言われる行動をとるのも悪くないかもしれない。だって、「にんげんだもの」。セイラーも相田みつをのファンらしい。行動経済学の知識を上手に使ってバランスよく経済的な生活を送りたいものだ。
文=林らいみ