原田マハ版『奇跡の人』はなぜ明治の津軽が舞台なのか
更新日:2018/2/26
奇跡の人──と言えば、ヘレン・ケラーに言葉をもたらしたアン・サリヴァン女史のことである。原田マハ『奇跡の人 The Miracle Worker』(双葉社)は、明治の津軽地方を舞台にヘレンとサリヴァン先生の物語を翻案・再構築した実験的な意欲作だ。
物語は明治20年、アメリカ留学帰りの弱視の女性・去場 安(さりば あん)が、津軽は弘前で暮らす盲聾唖の6歳の少女・介良(けら)れんの家庭教師として雇われる場面から始まる。この名前を見るだけでわかるように、著者は初手からはっきりと、これはヘレンとサリヴァンの話ですよと読者に告げているのだ。
安が出会ったれんは暗い蔵に閉じ込められ、手づかみで食事をとり、排泄の躾もできていない、まるで獣のような少女だった。そんなれんを安は「気品と、知性と、尊厳を備えた『人間』になってもらうために」根気よく言葉を教える……というところから「水」を認識するまでの流れは、まさに私たちがよく知る「奇跡の人」そのままである。
ではなぜ著者は、この物語を明治の津軽に置き換えたのか。実は途中、“ヘレンとサリヴァンの物語”にはないエピソードがふたつ入って来る。ひとつは恐山のイタコとの出会い。もうひとつは、ボサマと呼ばれる門付け芸人(家々の玄関で音曲などを披露し、食べ物やお金を貰う人々)である三味線弾きの少女・キワとの出会いだ。イタコもキワも、盲目の女性である。
イタコもボサマも津軽特有の風習だ。いずれも社会的身分という点では最下層ではあったが、それでも障碍を持つ女性が技術さえ磨けば食べていけるだけのシステムが、当時の津軽には存在していたと言える。そうして自立している女性と、蔵に閉じ込められて育ったれんを出会わせることで、女性でも、障碍があっても、自立できるのだということを本書は描いているのだ。そこに、弱視ながら留学して勉強してきた安を加えることで、さらに可能性は広がるのだと告げている。だから本書は明治の津軽でなくてはならなかったのである。
このように本書には、ヘレンとサリヴァンの話を日本に置き換えることで見えてくる、さまざまな試みが散りばめられている。それら詳細については文庫の巻末解説で詳しく述べたので、ぜひ本書を手にとり、解説をお読みいただければと思う。今の日本で、まだ種々の問題があるとはいえ、障碍を持つ人や女性が平等な権利を手にしているのは多くのれんや安の闘いの成果なのだと、頭ではなく心に直接しみてくるはずだ。
文=大矢博子