人間が「幽霊」と「虫」になっていく!? 品田 遊(ダ・ヴィンチ恐山)にネットの未来について訊いてみた
公開日:2018/2/17
「普段見ている光景」を描いたつもりだった
―――『名称未設定ファイル』、すごく斬新な小説だなと思いました。
品田●そういう感想を多くいただけてありがたいです。でも正直に言うと、自分ではあまりピンときていないですね。エゴサーチして、「面白い」とか「新しい」といった感想が出てくると、「本当だろうか」とつい疑ってしまいます。
―――本人としては、「新しい」ものを書いたつもりはないということでしょうか。
品田●そうですね。「えっ、だって世界ってだいたいこんな感じじゃない?」という戸惑いがあって……。本の帯に「黙示録的」とあったのも驚きました。私としては、普段見ている光景をより象徴的に書いただけ、という感覚なんです。
―――なるほど。個々の作品で扱われているモチーフだけ見ると、現代人の生活に完全に食い込んでいるテクノロジーが多いのはわかります。たとえばネット通販、チャットによるカスタマーサポート、動画配信サービスなど。こういったモチーフから物語を構想されていったのでしょうか?
品田●「今回は◯◯を使った話を書こう」と決めて書いたものもあれば、「こういった出来事を表現してみよう」と決めて書いたものもありますね。たとえば最初に収録した短編「猫を持ち上げるな」は後者です。
―――いわゆる「炎上」[*1]を描いた話ですね。
品田●これは、「ツイッターをネタに何か書こう」と思って書き始めた話ではないんです。ただ、毎日ほぼ一日中ツイッターを見ているものですから、書きたいテーマとして自然とツイッター上の出来事が浮かび上がってきて。
―――たしかに、ツイッターでトレンドの話題を追っていると、炎上騒ぎは日常的に目にします。
品田●何度も目撃していると、炎上が起こるプロセスや構造がだいたい見えてきますよね。炎上に至るまでのいくつかのポイントさえ押さえていれば、どんなに些細なことでも燃えてしまう。その「些細さ」をより強調してみようと思って書いたのが、「猫を持ち上げるな」でした。
「物語」よりも「構造」が好きな理由
―――「炎上の仕組み」についてもう少し伺いたいです。
品田●ちゃんと語ろうとすると本1冊分くらいになってしまう話ですが(笑)。ごく簡単にいうと、始まりは誰かの「イヤだなぁ」という素朴な気持ちなんです。でも、その「イヤ」が共有されていくうちに、「悪」に切り替わる瞬間がある。そのときに火がついて燃え上がってしまう。こんな仕組みだと私はとらえています。
―――個人的な好き嫌いの問題が、「正義VS悪」の問題へと移り変わる。
品田●そもそも「正義」や「悪」自体が、そういう過程を経てつくられた観念なのかなと。個人的な好き嫌いが、一定以上の人数に共有されれば「倫理」になるという。炎上が起こっているとき、積極的に発言する人はだいたい3パターンで、「相手の間違いを正したい人」「その炎上にからんで利益を得る人」、あとは「自分の正しさを再確認したい人」です。でも、本当の問題解決を目指す人は、炎上には直接関わらないんじゃないでしょうか。
―――なるほど……。ウェブで書かれているコラムなど読んでもよくわかりますが、品田さんは、ネット上の事象を俯瞰して整理するのがお得意ですよね。それは昔からですか?
品田●子どもの頃から、とにかく「変なもの」が好きでした。吉田戦車さんのシュールなギャグマンガやお笑い、ネットに繋いでからは、お笑い系テキストサイト[*2]にものめり込みました。「変」というのは、既存のフォーマットや規範に従わないことですよね。そういう「変なもの」を知ることで初めて規範は相対化され、その対立構造を俯瞰で見られるようになるんです。
―――なるほど。そういう視点で見た「普段の光景」が、『名称未設定ファイル』には書かれているんですね。
品田●社会やネットの構造の話ばかりですね。実のところ、長い間そこにしか興味がなかったんです。フィクションの物語そのものを楽しめるようになったのはここ最近のことで。ちゃんと楽しめているのか、まだ不安になることもあるのですが。
―――物語の中に入り込むより、外から見る方が面白かった。
品田●そうですね。世界の内部にあるものにあまり熱中できなくて、すぐ外から全体を眺めてみたくなってしまうんです。
「ダ・ヴィンチ・恐山」はなぜ素性を明らかにしなかったのか
―――「小説家・品田遊」を生み出した、「ダ・ヴィンチ・恐山」としての活動にも触れたいです。今ではライター、マンガ原作者、マンガ家と多方面に活躍されていますが、もともとはツイッターの「有名アカウント」でした。そこに至るまでの経緯をお聞かせください。
品田●インターネットを本格的に楽しむようになったのは2002年くらいからです。個人サイトはもちろん、2ちゃんねる[*3]やフラッシュ動画[*4]も好きでした。当初はお気に入りに登録したサイトを巡回するだけでしたが、2009年にツイッターが流行り始めたときに軽い気持ちでアカウントを取得してみたのが、自分で発信するきっかけになりました。
―――そんな気軽な始まりではあったものの、翌年にはすでに有名アカウントになっていましたよね。素性がわかるようなことは一切書かず、ただ淡々と面白いことをつぶやき続けるという運営スタイルに、「一体何者なんだろう」と思っていた人は多いと思います。
品田●2010年に初めて取材をしていただき、驚きました。でも、記事を読んだら知らない本に影響を受けたことになっていてさらにびっくりしました。どういう情報の行き違いがあったのか謎ですが、面白かったのでそのままにしてあります。
―――それはすごく品田さんらしい対応ですね。ちなみに、ネタツイート[*5]に注力していた理由はなんだったのでしょうか?
品田●「個」としての自分にひもづいたことを書きたい欲求が、あまりなかったんです。インターネット中心の生活を送っていたので、アピールしたい日常ネタもありませんでしたし。ネットは危険というイメージもあり、個人情報がバレることにも恐怖感がありました。だから自然とおふざけツイートが中心になって……。あとは、ツイートを「お気に入り」に入れてもらえることが楽しかったんですよね。「この人はこういうネタが好きなんだな」とわかるのが嬉しい。そんな気持ちでアカウントを運用していました。
人間は幽霊へ、そして虫へと近づいていく
―――品田さんがツイッターアカウントを取得されてから8年ほど経ちました。ネット世界も、この数年でだいぶ変わりましたね。ツイッターの月間利用数が4000万アカウントを超え、2ちゃんねるが5ちゃんねるへと名称を変え、「インスタ映え」なんて言葉が流行るほどにインスタグラム[*6]の存在感が大きくなり……。品田さんから見て、今のウェブサービスはどんな棲み分けがなされていますか?
品田●ツイッターはいちばん間口が広いですよね。どんな趣味を持つ人でも仲間を見つけられる空間だから、いろんな人が雑多に存在できる。5ちゃんねるのような匿名掲示板は、今でも「表だっては言えないこと」を言う場所として機能し続けていると思います。インスタグラムは正直まだよくわかっていないのですが、集まる人の質が他と違うとは感じますね。
―――と言いますと……。
品田●インスタには、「肉体を持った、個としての自分を表現したい」という意識を持つユーザーが多いと思うんです。肉体とアカウントの同一性が高い。メイクや食べ物の写真をアップするという行為を通して、小さな窓から自分のリアルな生活を垣間見せている、という感覚なんじゃないかと。
―――ツイッターや匿名掲示板にいる人たちは、そうではないのでしょうか。
品田●そうですね。もちろんいろんなユーザーがいますが、肉体を持った個人として存在することにそれほど重きを置いていない、いわば「幽霊」みたいな存在が多いというか……。いま社会全体がそんな方向に向かっているように見えて、すでに「幽霊」側にいる私としては「いいぞいいぞ」という気持ちです。
―――社会全体がその方向に進み続けると、どんなことが起きるのでしょう。
品田●人間が、「虫」っぽくなっていくと思います。
―――虫、ですか?
品田●「個」の希薄なアカウントというのは、質的な重さを持たない、小さくて軽い存在だと思うんです。だから無限に群れられるし、群れるまでにかかる時間も非常に短い。それぞれは意思を持っていたとしても、見せる動きは虫と大差ないような……。このままいけば、人はだんだんそんな存在になっていくのでは、という予想をしています。
―――うーん、ちょっと怖いです。
品田●ツイッターのような場では、少人数のコミュニティなら成立するバランスがいとも簡単に崩れてしまうんですよね。炎上が象徴的ですけど、一人の人間の発言が、それがいかに吟味されたものであっても、圧倒的な「群れ」の前には意味を成さなくなる。それってコミュニケーションの齟齬というより、もっと統計学的な現象であるように思います。
―――たしかに炎上なんかは、一定の規模を超えると誰にも止められなくなってしまいますよね。
品田●インターネット上では、人間が集団化したときに発露するある種の傾向がむき出しになってしまう。中世の哲学者が思考実験として想像していたような極端な世界が現実化しているんだなと思います。そういう時代をどう生きていけばいいのかを、私たちは考えるべきなのでしょうね。個人的には、考えてもどうにもならない気がしていますが。
―――どうにもならないのでしょうか。
品田●人の脳も言葉も、70億の人間といっぺんにコミュニケーションを取るために作られたものではないですから。1人の人間がコミットできるのは、せいぜい200人くらいでしょうか。そのくらいの規模感でおだやかに暮らすためのコミュニケーションシステムを、いきなり「対・全世界用」にカスタムしたら破綻して当然です。これからも私たちは、不幸な傷つけ合いを続けながら生きていくのだろうと思います。
「クソリプ」を送るアカウントの共通点
―――それにしても、ネット上での出来事にこれほど人が振り回される時代になった、というのはすごいことですよね。
品田●そう思います。朝井リョウさんの『何者』[*7]は、そういう時代の空気をいち早く表現していた名作でしたね。私の観測範囲にはあの作品に出てくる就活中の学生のように、現実と地続きでネットを使う人があまりいないので新鮮でもあります。
―――あの世界観は、当時の学生さんにとって相当リアリティがあったでしょうね。
品田●はい。逆に言えば、あの作品の中心はネットではないんです。大多数の人にとっては肉体の世界がメインで、ネットは補助ツールなわけで……大ヒットした理由がよくわかります。ただ、幽霊側にいる私としては、『名称未設定ファイル』に収録した短編「最後の1日」で書いた男の子もまた、リアルな存在だと思っているんですよ。
―――「最後の1日」、すごく印象深いお話でした。ツイッターとソーシャルゲーム(ソシャゲ)にハマっている……というか依存気味の大学生の1日。これは、どういったところから着想を得たんですか。
品田●ツイートがバズると必然的に、いわゆるクソリプ[*8]も大量にもらうのですが、私はクソリプを送ってきたアカウントのツイートを、200くらいはさかのぼって読むんです。最初は「どういう人なんだろう」という好奇心だったんですけど、だんだん彼らの共通点が何種か見えてきて。その一例が、アニメキャラのアイコンで、タイムラインにはソシャゲのスクショばかりが並んでいるという……。これっていったいどういうことなんだろう、と思った経験がひとつのベースになっています。
―――どういうことなんだろう、という問いへの答えは出ましたか?
品田●まだわかりませんが、これもツイッターの使い方の、ひとつのパターンなんですよね。人間は、日々小さくストレスを発散したり、欲求を満たしたりしながら生きていくしかない。その手段がお酒の人もいれば、ソシャゲやクソリプ飛ばしの人もいる。アカウント運用の軸がそこに置かれている、ということなんだなと。
―――「最後の1日」の主人公は、まさにそのタイプですね。
品田●はい。でもそういう生き方を虚しいとか思っているわけではないです。そういうアカウントを動かしている人の人生にも、いろんなシーンがあるわけで……。それをこの小説では表現したつもりなんですが、通じたかどうか。よく、「おまえは人をバカにしてる」と言われるんです。自分では、「私ほどいろんなものをバカにしていない人間はいない」と思っているんですけども。
「ベタ」な物語も書いてみたい
―――最後に、次回作への意欲もお聞きしたいです。
品田●いつか「ベタ」な物語も書けたら、という気持ちはあります。いま興味があるのは、いわゆるアニメ的な、記号化されたキャラクターが登場するお話です。私が普段消費しているのはそういう作品なので……。ただ、自分で書こうとするとなんだか恥ずかしいんですよね。
―――恥ずかしい、ですか。
品田●はい。自分がこんな話を書いているということが……。あ、これはもちろん、アニメ的な世界観をバカにしているわけではなく、逆です。自分なんかが書いてしまっていいのかという照れが発生してしまうんです。この自己肯定感の低さは、担当編集さんからもよくお叱りを受けるところなのですが。
―――フィクションの中といえど、個の肉体に乗り移るのが恥ずかしいということでしょうか、幽霊的に動いていたい書き手にとっては。
品田●ああ、そうですね。幽霊でいられなくなるのが恥ずかしいんだと思います。でもやっぱり『何者』みたいに、読み手にちゃんとカタルシスを与える作品も書いてみたい。それを書ける実力と、物語の「構造」ではなく「展開」に対する興味を育てられるかがカギになりそうです。
―――ベタなお話もそうでないお話も、どちらも楽しみにしています。今日はありがとうございました。
取材・文:小池未樹 写真:首藤幹夫
品田 遊
@shinadayu小説家。クリエイターエージェンシーのコルク所属。2015年、JR中央線を舞台とした短編小説集『止まりだしたら走らない』(リトルモア)でデビュー。執筆のきっかけは、編集者・佐渡島庸平氏がたったひとつのツイートに注目したことだったという。2017年7月に上梓した『名称未設定ファイル』(キノブックス)は2作目。
ダ・ヴィンチ・恐山
@d_v_osorezan
2009年、同名でTwitterアカウントを取得した謎の人物。洗練されたネタツイートの発信で注目を集め、短期間で有名アカウントに。2016年、ネットコンテンツを制作・運営するバーグハンバーグバーグに入社。ウェブサイト「オモコロ」での記事執筆を中心に、ライター、マンガ原作者、マンガ家など多方面へと活動を広げている。