『鳥獣人物戯画』は現在の「漫画」の源流ではない!? 漫画好きなら知っておきたい歴史
更新日:2018/3/5
漫画の神様・手塚治虫先生の生誕から、2018年で90年。先生自身は1989年に逝去されたが、その漫画は現在でも愛蔵版などさまざまな形で出版され、多くの人々に読み継がれている。そして先生の後継者たる漫画家たちによって、今や漫画は日本が世界に誇る文化としての地位を得るに至った。だからこそ、改めて考えてみたい。私たち日本人はどの程度、「漫画」というものを知っているのか。文化を謳うなら、少なくとも他者にその「何たるか」を説明できなければ話になるまい。特に文化たり得るにはそれだけの「歴史」があるわけだが、果たして日本人のどれくらいが「漫画の歴史」を理解しているのか。『まんがでわかるまんがの歴史』(ひらりん:著・イラスト、大塚英志:著/KADOKAWA)は、漠然と捉えがちな「漫画の歴史」を多くの例や図解を用いて分かりやすく教えてくれる。
漫画に詳しい人でなくとも、一度は「漫画の起源は『鳥獣人物戯画(鳥獣戯画)』である」と聞いたことがあるだろう。著者の大塚英志氏によれば「海外の漫画研究者に会うとまず『鳥獣人物戯画』があって、いきなり初音ミクなどの『萌え』に知識がとんでしまうことに驚く」という。とはいえ日本人でも『鳥獣人物戯画』から「萌え」の間に手塚先生の時代が入る程度の認識という人も多かろう。しかしキャラクターの描きかたを比べてみても、『鳥獣人物戯画』と手塚先生のキャラクターとでは相当の乖離がある。その間に何があったのかということを、著者は検証しているのだ。
本書によれば漫画の「『鳥獣人物戯画』起源説」を唱えたのは、日本で最初の漫画史研究者とされる細木原青起の『日本漫画史』(1924年)であり、その時点ではこの説は間違っていなかったという。しかしこの後、状況が大きく変化する出来事が発生。それはディズニーを中心とするハリウッド産アニメの日本上陸である。これによりディズニースタイルのキャラクターが日本の「鳥獣戯画」的キャラクター観を飲み込み、現在に続くスタイルの源流となっていくのだ。
ではディズニースタイルのキャラクターとは一体、どういうものか。それは「誰にでも描ける、円や楕円を組み合わせた記号」のキャラクターである。ハリウッドではアニメの原画を量産するため絵を単純化する方法に「25セントコインを紙の上に置いて円をなぞって顔の輪郭にする」という描きかたがマニュアルとしてあったという。結果として日本でもディズニーアニメが公開されるや、ミッキーマウスなどのキャラクターそっくりな「海賊版」が多く生み出されることとなった。そこから自身のキャラクターへと昇華した『のらくろ』の田河水泡などを経て、手塚先生の時代に繋がるのである。例えば『鉄腕アトム』のアトムをみれば、そのフォルムはミッキーマウスにより近いことが理解できるだろう。
このようにディズニーアニメの上陸が、日本における「漫画」のパラダイムシフトであったことが本書では明確に示されている。もちろんそれだけではなく、その後に日本が体験する戦争などさまざまな事柄が、現在の「漫画」の形に影響を与えていると著者は語る。なかなか複雑なことも触れられているが、漫画で描かれているため理解しやすくなっているのはありがたい。300ページに及ぶ大著だが、「漫画の歴史」を知る上ではこれ以上ない教材であることは間違いないので、漫画文化に興味があるならぜひ一読をオススメしたい。
文=木谷誠