『コードギアス 反逆のルルーシュ』『ご注文はうさぎですか?』などを経て培った、アニメ監督としての揺るがぬ矜持とは――橋本裕之監督インタビュー(後編)
更新日:2020/5/14
TVアニメ『スロウスタート』が膨大な手間と愛情を注いで作られた作品であることは、橋本裕之監督へのインタビュー前編でご紹介した通り。後編では、橋本監督のものづくりの根幹に迫っていきたい。彼がこれまでに演出や絵コンテ、そして監督として携わってきた作品、たとえば『コードギアス 反逆のルルーシュ』『Angei Beats!』『TIGER&BUNNY』『ご注文はうさぎですか?』の経験は、アニメ監督・橋本裕之にどのような影響をもたらしているのか。そしてその経験で培った作り手としての視点は、『スロウスタート』にどのように投影されているのか。長く愛される作品たちの、制作当時のエピソードも交えながら語ってもらった。
「自分は監督だからえらい」なんて思ったことは一度もない。逆に、作品のファンの人たちともっと話したい
――今回取材させていただくにあたって、橋本さんが過去に携わった作品を調べたんですけど、日常系もありつつ、何人かがワイワイやっている、わちゃわちゃしてる状態が楽しい作品が多いなって思ったんです。たとえば、演出・絵コンテで関わられた『Angel Beats!』とかはまさにそうですよね。キャラクターたちの掛け合いであるとか、何でもない会話で観る人を惹きつける作品に多く関わってきた方なんだな、という印象があって。
橋本:そうですね。自分の中でも、いろんな監督に影響されている部分があって、『Angel Beats!』を作った岸誠二さんに影響された部分もあります。『Angel Beats!』で初めて岸さんと会ったんですけど、岸さんは決め込んでいるようで決め込んでいなくて、けっこう現場で変わるんです。その分、大変なこともいっぱいあるんですけど、岸さんは「いかにお客さんが楽しんでくれるか」ということしか見てないんですね。そこはほんとに、自分もそうだな、と思います。だから大変なことでもやるしかしょうがない、みたいな感覚があるし、面白ければどんどん採用していく。『Angel Beats!』のときは演出をやってたんですけど、ユイがキラってやるシーンで、撮影さんが勝手に星を足してキラキラが出てたんですよ。自分は何も頼んでないんですけど、「でも面白いからいいんじゃないの」みたいな話になって、「こんなことあるんだ」って思って。それまでは、絵コンテに描いてあることをいかにその通りに作るか、という感じだったけど、みんなで楽しみながら作品を盛り上げていくのはいいことなんだな、と。それは勉強になりました。星の追加にしても、撮影さんが「このキャラだったらこうしたら楽しいんじゃないかな」って考えてやっているし、キャラクターのことを自然と考えられる現場になってたんだな、と思います。そこで監督が「いやいや、俺そんなの頼んでないじゃん、外してくれ」とか言ってたら、たぶん言われたことしかやらなくなっちゃう。こっちはこっちで、「もうちょっとこういう風にしてやろうか」みたいな感じでやって、意外とそれが大丈夫だったりしたので、楽しかったですね。そういう部分は、ちょっといただいているところがあるかもしれないです。
――なるほど、面白いですね。
橋本:『Angel Beats!』も、ほんとにたまたまあそこにうまく集結しちゃった、みたいなスタッフだったんですよね。自分はキャラクターデザインの平田雄三さんに「ギャルものやるけど、やらんか」みたいな感じで誘われたんですけど、「全然ギャルものじゃないじゃん(笑)。まず、男の方が多いし」ってなって(笑)。会話のテンポがものすごく速いし、展開にスピード感はあるし、「何だこれ!?」みたいな感じでしたね。会話のテンポだったり楽しさの部分で、「こういう手法があるのか」と『Angel Beats!』で学んだ感じはあります。
――自分も何度かお話を聞いてるし、作品も全部観てますけど、岸さんはほんとに素晴らしい監督ですよね。
橋本:上と下で、だいぶ思いが違うと思います(笑)。でも、岸さんと一緒にやるなら、そこを楽しめないとできないですよね。『Angel Beats!』を作ったとき、京都アニメーションが『けいおん!』を作ってた頃だったので、「『けいおん!』みたいにしてくれ」って言われて、「無理だろ」と(笑)。向こうはちゃんとしたお祭りで、こっちは車に箱乗りの裸まつりみたいな感じで(笑)。こちらにはちゃんとした土台を作ってくれるP.A.WORKSがいて、「祭りをやるんだったら、ちゃんと届け出をしてやらなきゃいけないと思う」って言ってるのに、「わかんないから始めちゃえばいいんじゃね?」ってなってて。でもそのぐちゃぐちゃ感が、『Angel Beats!』のキャラクターのぐちゃぐちゃ感と合ってたんだと思います。
――実際、同じことを二度やろうとしてもなかなか難しそうですよね。
橋本:あれはもう無理だと思います。今は作れないですね。あの頃だったからできたんじゃないですか。
――さっき「岸さんはいかにお客さんが楽しんでくれるか、しか見てない」という話がありましたけど、こうしてお話を聞いたり作品を観ていると、橋本さんの作品にも同じ資質を感じるんですけども。
橋本:岸さんと話が合うのは、たぶんそういうところだと思うんですよね。向いてる方向はそこしかない。一番は、楽しんでもらうことが主目的になっていることだと思います。そこが似てたから、岸さんと仕事して、その後でもう一回仕事できたんだと思います。一緒にやって、「大変だしやめときゃよかったな」っていっつも思ってるけど(笑)、3年くらいしたら「またあの味食いたくなってきたな」と思ってまた一緒にやって、「やめときゃよかった」と思いながらもまたやってる、みたいな(笑)。
――(笑)それだけお客さんを向いたもの作りをするようになった原点って何だと思いますか?
橋本:自分自身が、ユーザー目線だからだと思います。それは確実ですね。変な話、自分は『スロウスタート』のブルーレイを買わなくてもいいじゃないですか。立場的に商品サンプルをいただけたりしますから。でも、「お前、ほんとにこれにお金出して買ってもいいの?」って思うんですよ。「自分が金を出してでもほしい」ってならないといけない。「作ってるから観てるの? 面白いから観てるの? どっちなの?」ってなったときに、「面白いから観たいし、欲しいから買いたいし、そのためにはどういうものが欲しいのかはわかるでしょ」と。だから一番のファンであって、ファンの代表みたいなところに立っていると思うんです。観てる人たちは、作品をどうすることもできないじゃないですか。「この作品はお前に預けたから、ちゃんと俺たちがほしいものにしてよ、お前がその立場にいるんだろ」って言われている感じですよね。だから、「自分は監督だからえらい」なんて思ったことは一度もなくて、逆に作品のファンの人たちともっと話したいんですよね。ファンの人たちと、居酒屋で話す会をやりたい(笑)。「3話のあそこ、よかったですね」「よかったでしょ?」って普通に語りたいですね。そうなると、もうただのファンですよね。
――お客さんと近い目線を持ち続けられる、というのはすごく大事なことですよね。
橋本:そうですね、その分つらいこともあるし、現場でできることも限られてきたりするけど、やることがはっきりしてる分、たとえばAとBのどちらかを選択しなきゃいけないときに、「どっちが観てる人のためになるのか」がはっきりしてるから、選択はしやすいですよね。
――それは、ジャッジの基準がブレない、ということでもある。
橋本:そうですね、そこはもう確実です。「どうしたってここはいくしかない」ってなったら、どんな思いをしてでもやるしかない。一回でもお客さんが「ん?」ってなるような画面を作らない、というのはありますね。できるだけ観ていて集中できるようにしてあげたい、とも思いますし。
自分たちがお金を出して買いもしないものを作って、「よかったでしょ」って言っても、「そんなのいいわけないじゃん」って
――ちなみに、橋本監督と言えば代表作は『ご注文はうさぎですか?』だと思っているユーザーは多々いるんじゃないかと思うんですけども。
橋本:まあ、いるでしょうね(笑)。
――『ごちうさ』は、すごく成功した作品じゃないですか、劇場版にもなって、商品も売れたでしょうし、ライブをやってもお客さんがたくさん入っている。そういう作品に関わったことは、少なからず成功体験になっていると思うんですけど、それが今のご自身に影響を与えている部分って何だと思いますか。
橋本:もちろん、『ご注文はうさぎですか?』も影響はあると思うんですけど、それ以前の作品のほうが大きいかもしれないですね。自分で言えば、まず『コードギアス 反逆のルルーシュ』に原画で参加して、あとは『Angel Beats!』『TIGER&BUNNY』、この3つの作品に関わったことで、成功体験という部分で気持ちがだいぶ変わったかな、と思います。やっぱり、「こんなもんでいいでしょ」って思った瞬間から、堕落していくんですよ。3つの作品に関わって、「こんなもんでいいでしょ」にならないために、ギリギリまで必死でやってるんだなっていうことがよくわかりました。たとえ誰もやってくれないってなっても、自分ひとりでもなんとかするっていう。そういう体験が、今の自分を作ってると思います。変な話、売れるアニメに関われることって、アニメーター人生でも10年に一回あるかないか、だと思うんですよ。関われたときに、メインスタッフの近くで「どういう気持ちでものを作ってるか」というところを見られたことで、他とは全然違うな、ということはよくわかりましたね。「こんなんでいいんじゃない」とか「しょうがないよ」っていう言葉を、ひとつも聞いたことがないですから。たとえば『コードギアス』のときは、みんながこの作品を今後の名刺代わりになるようにやっていこう、という現場で、みんながそこに向いてたので、そのためには必死でやらなきゃいけないんだ、と思って。必死でやったことに対して評価が得られたときに、喜びも得られるんだな、ということもわかりましたね。やっぱり、必死でやってないものは好きになってもらえないですから。
――確かに。
橋本:だって、アニメ作るのって大変なんですもん。どんなの作っても大変だと思います。「いや~、あれは超楽だったよね」みたいな作品ってないと思うんですよ。で、どうせ苦労するんだったら観てる人たちに楽しんでほしいし、「観てよかったです」って言ってほしいし、それがないと頑張れないですよね。やった分だけ観てほしいところはある。そのためには、今よりもうちょっと頑張らなきゃいけないかもしれないけど、頑張った分だけ報われることはあると思うので。そこは、『ご注文はうさぎですか?』で確信できたことかもしれないです。
――なるほど。
橋本:普通だったら、キャストや監督だけが「よかったです」って言われたりするんですけど、『ご注文はうさぎですか?』が面白いのは、まわりのスタッフみんなに言ってもらえたことなんですよね。「スタッフの人たち、皆さんお疲れ様でした」って。作ってた人たちもみんなビックリしてました。「スタッフにもこんなにお礼を言われた作品、初めてです」って。みんなスタッフに対してもすごく優しい。だから大変だったけど頑張れたよねって思うし、またやってみたいと思う。アニメ業界って、そういうところがあると思います。原作がある作品をやってる以上、原作ファンが一番得をしてないと報われないと思うんですけど、たとえば『スロウスタート』も連載一回目から好きで、漫画が出たら買ってきた人たちがいないと、アニメにもなってないじゃないですか。その人たちに、「こんなアニメ違うわ」って言われたら、やっぱり悲しいですよね。その人たちが新しく入ってきた他の人に自慢してほしいんですよ。「ほら、『スロウスタート』面白いってずっと言ってたじゃん、アニメで観て面白かったでしょ」って言ってもらいたい。そう言ってもらえるようなアニメを、こちらも作らないといけないな、と思います。
――『スロウスタート』は、ご自身のキャリアにとってどういう意味を持っていくと思いますか?
橋本:とりあえず自分の中では面白いことがやりたい、楽しく作りたいっていうことしかないんですけど、自分が持っている作品の中にある温かみみたいなものは、さらに完成していけるといいな、とは思いますね。そこが『スロウスタート』とくっついたときに、どう安心して観られる作品になるのか、という部分は、作り終わったときに自分の中でどういう感じになるのか、興味があります。アニメって、ほんとに不思議だな、と思うんですよ。作ってる空気感が、画面からものすごく出るんですよね。それがなくなっちゃうと、見向きもされないアニメになっちゃう。そこが一番怖くて。
――その点で、自分の中でちゃんと納得できるものを作り続けていく、という。
橋本:そうですね。伊丹十三さんの『スーパーの女』を観たときも、そう思ったんです。スーパーで働いている人たちが、自分たちのスーパーでは一切お惣菜を買わない。だって、自分たちのスーパーで作ってる惣菜がひどいことを知ってるから。でも、そんなスーパーにお客が来るわけがない。そこでだんだん改良していって、自分たちのスーパーで買うのが一番ってなっていく。ここが安全でおいしいことは一番わかってるから、ここで買ったほうが得だよね、となる。そうすると、お客もいっぱいくる。それと近いな、と思います。結果、自分たちがお金を出して買いもしないものを作って、「よかったでしょ」って言っても、「そんなのいいわけないじゃん」っていう。ほんとにそこまで作るにはストイックにならなきゃいけないから大変な部分もあると思うんですけど、そういうことなんだろうな、と思います。
取材・文=清水大輔
橋本裕之(はしもと・ひろゆき)
1973生まれ。アニメーション監督、演出家。2007年、『コードギアス 反逆のルルーシュ』で作画監督補佐を務め、以後『Angel Beats!』『バクマン。』『蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ-』などで演出・絵コンテを担当。初監督作は、『ご注文はうさぎですか?』(2014年)。
TVアニメ『スロウスタート』公式サイト http://slow-start.com/