ウイスキーの◯年ものはどう決まるの? 若い世代にも人気に! その“旨さ”の秘密は…
公開日:2018/2/21

「ウイスキーってどんな味?」
この質問にうまく答えられるだろうか。ウイスキーは、蒸留されたアルコールの力強さ、熟成された樽の香り、そして穀物の風味豊かさ。さまざまな味わいを含んだお酒だ。しかし、甘い・すっぱい・苦いなどの「これ」といった明確な味を持ち合わせていない。ただウイスキーの品質を表現するのに「まろやかさ」という言葉が使われる。
このいわく形容しがたい「まろやかさ」とはどうやってできるのか。その謎に挑んだ科学者がいる。


■ジャパニーズウイスキーの輸出額は6.4倍に
古賀邦正氏は、サントリー中央研究所でウイスキーの貯蔵・熟成の研究に10年あまり携わった人物。ウイスキーをこよなく愛し、元の職場を去った後も、ウイスキーがウイスキーたるゆえんを探求し続けている。
実は古賀氏は、2009年に『ウイスキーの科学―知るほどに飲みたくなる「熟成」の神秘』という書籍を上梓している。しかし当時の国内ウイスキー市場は縮小の一途。日本のウイスキーを応援するつもりで発売した直後、日本にウイスキーブームが到来した。
メーカーが仕掛けた「ハイボール」戦略が軌道に乗り、ウイスキーの良さを知らなかった若者層がそのおいしさを知ることに。そして極めつきはテレビドラマの『マッサン』であろう。ジャパニーズ(国産)ウイスキーについて国民が思いを寄せ、ブームが加速した。
だがジャパニーズウイスキー市場は、国内より先に海外で火が付いていた。国際的品評会で、毎年のようにジャパニーズウイスキーが高い評価を得て、海外への輸出量が増加。2010年の輸出額は17億円であったが、2016年には108億円と、6.4倍にも拡大。日本の酒類輸出総額の25%にも相当している。
このような市場の盛り上がりをうけ、古賀氏は前著に大幅書き換えを加えてこの度新装版『最新 ウイスキーの科学 熟成の香味を生む驚きのプロセス(ブルーバックス)』(古賀邦正/講談社)を出版。ウイスキーの歴史から各産地、製造工程などを網羅したウイスキーの入門者にも愛好家にも驚きと発見のある一冊になっている。
■なぜウイスキーはうまいのか?
同書は自然科学を題材に扱うブルーバックスシリーズだ。特に力を入れているのがウイスキーの味と香りを科学すること。ウイスキーの製造過程でどんな化学変化が発生しているのか、つぶさに記されている。
ウイスキーの製造工程をおおざっぱに分けると次のとおり。「製麦→仕込み→発酵→蒸留→貯蔵」。それぞれの工程でウイスキーはダイナミックに変化し続けているのだ。この工程でもっとも時間が割かれるのは、「貯蔵」である。製麦から蒸留まではせいぜい1カ月。そして貯蔵には最低でも6年。長いと18年や25年など膨大な時間を樽のなかで費やしている。ウイスキーづくりの99%は樽のなかで行われているといっても過言ではない。
この樽がウイスキーに与える影響を古賀氏は次のように分類する。
(1)未熟成成分の蒸散
(2)樽素材成分の分解と溶出
(3)さまざまな成分どうしの反応
(4)エタノールと水の状態変化
この樽の中を古賀氏は「小宇宙」と称する。それだけドラスティックな変化が到るところで起こっているから。それぞれの化学反応について、同書では細かく説明されているが、ここでは、ウイスキーの香りはどのようにして生まれるのか、その一例だけを紹介しよう。
先述した「2.樽素材成分の分解と溶出」。この反応が香りに大きくかかわってくる。ウイスキーを貯蔵する樽。この樽に使われる木材は、何年もかけて自然乾燥させる。ゆがみなどの変質を防ぐためだ。けれども樽の木材は乾燥させたからといって、無機的な物質になるわけではない。外気や湿気に、わずかだが反応する。
そして空気や水分を、樽の外から中へ媒介する。樽はいわば呼吸しているようなものだ。樽の呼吸に伴って、樽が吸い込んだ酸素が原酒に溶け込む。その酸素が原酒に触れることで、一部の成分が酸化する。例えば、こんな具合だ。
原酒の主成分であるエタノールが酸化
↓
アセトアルデヒドや酢酸へ変化
↓
アセトアルデヒドがさらにエタノールと反応
↓
香気成分アセタールが誕生
エタノールひとつを取り上げてもこのように、反応に次ぐ反応を遂げて熟成が進む。ウイスキーは樽の中で無数の変貌を遂げて「荒々しい若武者」のような原酒から、「まろやか」なウイスキーとなる。
しかし未だに多くの科学者がウイスキーの研究をしているにもかかわらず、まだ解明されていない部分が多いという。飲みものとしても魅力的だが、研究者にも尽きない好奇心を駆り立てる存在だ。
■ウイスキーは何年で出荷されるのか
また12年もの、18年ものなどウイスキーの熟成期間はどのようにして決められるかご存じだろうか。それは樽の持つ潜在能力によって決まるのだという。
一般的には10年から12年まで熟成が進み、品質が良くなるといわれている。しかし、その後も質が良くなるかは、樽ごとに違ってくるという。「さらに置いても熟成が進むのか」それを見極めるのがブレンダーという人々だ。彼らは一つ一つの樽の原酒を吟味して、さらに貯蔵すべき原酒を選別するという。
はじめから「これは18年でいこう!」などとマーケティング的な発想でつくられてはいない。ウイスキーは品質至上主義の世界なのだ。
グラスのなかのウイスキーは、どんな化学変化の旅を遂げてきたのか。麦からウイスキーへのグレートジャーニー。これを知ったならあなたの一杯はさらに格別なものになるはずだ。ウイスキーの香りと味の旅に出よう。
文=武藤徉子