妻夫木聡主演『イノセント・デイズ』――衝撃のベストセラー、原作者が語るドラマ化秘話
公開日:2018/3/6
3人を殺害した罪で確定死刑囚となった田中幸乃。彼女の半生を連作群像形式で描き出す、早見和真の傑作小説『イノセント・デイズ』がWOWOWで連続ドラマ化される。2015年度日本推理作家協会賞を受賞した本作が、映像でどのように生まれ変わるのか? 原作者が思いを語る。
![織田裕二さん](https://develop.ddnavi.com/uploads/2018/02/hayami_prof.jpg)
はやみ・かずまさ●1977年、神奈川県生まれ。2008年、『ひゃくはち』で作家デビュー。15年、『イノセント・デイズ』で第68回日本推理作家協会賞を受賞。その他の著作に『ポンチョに夜明けの風はらませて』(2017年映画化)、『95 キュウゴー』『小説王』『神さまたちのいた街で』などがある。
この物語には主人公が2人いるんです
主演は、妻夫木聡。実は、俳優自らが本作の映像化実現のために奔走した。その経緯を誰よりもよく知るのは、原作者の早見だ。
「妻夫木さんとは『ぼくたちの家族』(2014年に石井裕也監督により映画化)の時につながって、プライベートでもたまにご飯を食べに行っていたんです。“早見さんの作品の中で『イノセント・デイズ』が一番好きだ”と言ってくれていたんですよね。“何が正解で何が正義なのか、すごく自分に突きつけられて、ずっと考えてしまう物語に、久しぶりに触れました”って。そんな時に、1年がかりで進めていた『イノセント・デイズ』の映像化の企画が頓挫したんです。それを聞きつけた妻夫木さんから長文の真摯なメールが届いて、すぐに電話して1時間半くらい喋ったんじゃないかな。“僕に原作を預けてください”“お願いします”って、二人きりで会話を交わしたところから今回の企画がスタートしたんです」
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小説が採用している連作形式を活かすためには、映画ではなく「連続ドラマ」がふさわしい。重厚な作品が多く、小説の映像化作品で成功例の多い「WOWOW」がベスト。それらの選択は、妻夫木の提案を受け入れたかたちだ。
「石川慶監督をはじめ、スタッフに関しても妻夫木さんが動いてくれました。有名な俳優さんに預かってもらったことよりも、信頼できる人間に原作を預けられたことが嬉しいんですよ」
死刑囚は本当に凶悪な犯罪者なのか?
元恋人の家に放火し、妻と双子の娘の命を奪った罪で、死刑判決を受けた田中幸乃。事件の3週間前に大がかりな整形手術を受けメディアに「整形シンデレラ」と呼ばれた彼女は、控訴を求めず確定死刑囚となった。彼女の凶行の背景にはどんな事情があり、彼女はどんな半生を過ごしてきたのか。産科医、義姉、中学時代の親友、元恋人の友人、幸乃を担当する女性刑務官……。語り手が変わるたびに「真実」は揺らぎ、幸乃の抱える孤独の色が濃くなっていく。
「自分は透明人間になって、田中幸乃が生まれる瞬間から最期までを、一番近くで見続けるっていう目線を自分に課して書いていったんです。その作業は当初の想定よりもはるかにしんどくて、寝られなくなってどんどん痩せていって。当時のことは、今でも昨日のことのように覚えています(苦笑)」
とことん、ダークなのだ。緻密な構成で練り上げられた本格ミステリーでもある。青春小説や家族小説の書き手として知られていた早見が作風をガラッと変えたと語られることも多い。だが――。
「僕としては『ひゃくはち』から『イノセント・デイズ』まで、ひたすら同じことをやってきたつもりでいて。それは物の見方の話です。『ひゃくはち』は“新聞がお仕着せてくるような、汗と涙とキラキラした高校球児だけが正解なのか?”と。登場人物たちは煙草を吸って合コンしてるけど、甲子園へ行きたいという気持ちは純粋なものだし、それを肯定することはできないのかなって思ったんです。『ぼくたちの家族』もそう。社会通念でいえば素晴らしくよくできた家族像に対して“本当に幸せですか?”と疑問を投げかけたかったんです。ただ、何を書いても読者に刺さってる感じ、伝わってる感じがなかった。同じようなテーマで、もっと分かりやすいことをしなくちゃいけないんだなって焦りがあった時に『イノセント・デイズ』の設定を思いついたんです。つまり――“凶悪犯罪者”は本当に“凶悪”な“犯罪者”なのか、と」
ヒーローらしくないヒーローが宿す「怒り」
ドラマ版は、原作の要素を最大限活かしながらも、さまざまなアレンジが施されている。もっとも大きなアレンジは、幸乃の幼なじみ・佐々木慎一を第一話から登場させたことだ。幸乃に対して「僕だけは味方だよ!」と心の中で叫び続ける慎一が、各話ごとにフィーチャーされる人物をつないでいく。演じるのは、妻夫木聡だ。
「慎一を主役に据えることは、主演の妻夫木聡ありきというよりも、この物語を映像化するうえでの必然だったと思います。幸乃は基本的にずっと拘置所にいるので、動きがありません。幸乃を主役として立たせるのは、映像として難しいと思うんですよ。そもそも原作においても、主役は慎一なんじゃないかと。慎一こそがヒーローらしくないヒーローだってイメージは、書き始める前からはっきりあったんです」
ヒーローらしくないヒーローが、行動しようとした理由。それは、「幸乃を救いたい」という思いだけではない。「怒り」もまた原動力だった。それは、作家自身がこの物語を書いた原動力でもある。
「社会のルールとか、みんなが共通幻想として抱いている社会通念が、毎年3万もの人を殺しているように見えるんです。3万人は自殺しているんじゃなく、よってたかって社会が、俺たちが、殺してるんじゃないか。言い換えると、そのルールや社会通念こそが、自分自身を殺すことにつながるんじゃないか。みんながこうだからとか、社会がこうだからとか、親がこうだからっていう思考法では誰も幸せになれない。自分で覚悟を決めて、自分で責任を取って、自分の頭で考えて選び取っていこうってことを、僕はどの小説でも書いてるつもりなんです。そう考えると、『イノセント・デイズ』の中で社会のルールみたいなものを、一番拒んで一番自分の頭で動いてるのは、たぶん慎一なので。この物語の主人公はやっぱり慎一である。そして、最後の瞬間の幸乃である。2人が主人公なんだろうな、って思うんです」
読めば必ず、揺さぶられる。普段は鈍らせている感情が揺さぶられるだけでなく、己の価値観、視点が揺さぶられ、何かが変わる。あるいは……このドラマを観れば。
「すごいドラマですよ、絶対。脚本もとてもよかったし。出来上がりが楽しみです」
監督 石川 慶 インタビュー
ひとりひとりが「答え」を探してくれたら
妻夫木さんとは映画『愚行録』で初めてご一緒しました。撮影後に妻夫木さんから“『イノセント・デイズ』の監督を”という嬉しいご提案をいただいたんですが、中途半端なものには絶対にしたくなかったので、気軽にイエスとは言わないようにしよう、と。次もまたサスペンス系を手がけることに躊躇もあったのですが、原作小説を読んでみたらすべてが吹き飛んで、「ぜひやりたい!」となりました。
脚本家の後藤(法子)さんが出してくれた第一稿から、ものすごい精度のものだったので、慎一を軸にする方向性は脚本の作業ではそれほど難しくなかったです。それよりも、幸乃の描き方には細心の注意を払いました。幸乃だけではなく、敬介や美智子の人物像を少し膨らませたのも、幸乃像を的確に描くためです。小説と違って幸乃は「実像」として見ていくため、幸乃の多面性、特に笑顔や強さなどを描くことを忘れないように心がけました。
撮影現場では、僕から妻夫木さんに対してほとんど何も言っていません。それくらい慎一像はドンピシャで、こちらが思い描いていたとおりでした。竹内(結子)さん演じる幸乃は、むしろこちらが驚くような一面を見せてくれました。それは僕が気づいていなかった幸乃の笑顔だったり強さだったりする部分で、そして、それは原作にもちゃんとある要素だったなあ、とあとから気づきました。
映像化に当たって、分かりやすい「救い」を付け加えるつもりは毛頭ありませんでした。この読後感こそ『イノセント・デイズ』の最大の魅力だと思っていますし、ドラマ版でもそれは変わらない。
原作自体は僕が選んだものではないので、あくまでも偶然なのですが、テーマの上で『愚行録』と共通する部分があると思います。それは「正義とは何か?」という問いなんじゃないかな、と。薄っぺらい正義感や倫理観がまかりとおっている今だからこそ、このテーマを表現する意義を感じます。
ドラマで「答え」を出したとは思いません。このドラマを観て、視聴者の方々ひとりひとりがそれぞれの「答え」を探してくれたら、それに勝る喜びはありません。
いしかわ・けい●1977年、愛知県出身。東北大学物理学科卒業後、ポーランド国立映像大学で演出を学ぶ。その後、短編を中心に活動し、国際的な賞を数々受賞。『愚行録』で長編映画監督デビューを果たす。
取材・文:吉田大助 写真:川口宗道
原作
![『イノセント・デイズ』文庫書影](https://develop.ddnavi.com/uploads/2018/02/innocentdays_shoei.jpg)
『イノセント・デイズ』
早見和真 新潮文庫 710円(税別)
元恋人の妻子3人を殺害した罪で確定死刑囚となった田中幸乃。彼女が小学生の頃、中学生の頃、社会人の頃……と、その時々で出会い、擦れ違ってきた人々が、彼女との思い出を語り出すたびに「真実」が揺らぐ。目次の段階から仕掛けが張り巡らされた40万部超のベストセラー。2015年度日本推理作家協会賞受賞作。