目の前の「当たり前」を「宝の山」に! 都会も田舎も、地域を盛り上げるヒントを集約

ビジネス

公開日:2018/3/19

『外国人が熱狂するクールな田舎の作り方』(山田拓/新潮社)

 岐阜県飛騨市飛騨古川。ここに世界80か国から毎年数千人の外国人旅行者を集めるサイクリングツアーがあるという。ツアー内容は、市街地からスタートして古民家を見たり、蕎麦畑や田んぼのあぜ道を走りながら、道行く農家の人や子供たちと話をしたりするもの。日本の田舎にある「なにげない日常」の体験だ。参加者の8割が外国人。その参加者の満足度は非常に高く、旅の口コミサイト「トリップアドバイザー」では99%が絶賛のコメントを寄せている。

 このツアーの仕掛人となったのが、『外国人が熱狂するクールな田舎の作り方』(山田拓/新潮社)の著者、山田拓だ。

 山田は大学院卒業後、外資系コンサルティング会社に就職。米国勤務や同業他社への転職を経験した後、30歳を前に退職し、夫婦で525日間に及ぶ世界旅行に出た。南米やアフリカを中心に旅し、各地のさまざまな体験型ツアーに参加した。その体験や現地での交流を通じ、日本が もつポテンシャルの高さを実感し、「日本の田舎に住もう!」と帰国したという。

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■外国人が「クール!」と歓喜する里山体験ツアーができるまで

 帰国後、飛騨古川に移住し、地元の戦略アドバイザーに就任した著者は、コンサル経験を活かしたマーケティング活動を始めた。
 すぐ近くに飛騨高山という有名観光地がある状況では、明確な棲み分けとターゲット設定が必要と考え、「滞在時間の長い欧米豪からの個人旅行者」にターゲットを設定。そのためにまず英語でのウェブサイト構築といった環境整備を実施した。これは認知向上のための入り口 設定であり、マーケティング活動の定石だろう。

 一方、コンテンツに関して、山田は飛騨古川のも つ街並みと農村がコンパクトにまとまった地の利から、「暮らしを旅する」をキーコンセプトに掲げる。そして考案したのが住民との交流がしやすい「サイクリングツアー」というわけだ。
 地元の人たちにとっては当たり前に映る街並みや田んぼも、欧米豪からやって来た外国人には珍しく映るし、そこにガイド役を付けることで体験の貴重さ(=付加価値)はさらに上がる。この着眼点は、彼の職務経験だけではなく、旅行者としての皮膚感覚からも生まれたものだろう。
 彼の立ち上げた「飛騨里山サイクリングツアー」がうまく回りだすと、そこに雇用が生まれ、地域経済への貢献も高まった。ツアーは内外の注目を集め、今では全国での講演活動や他地域での人材育成も手がけている。

■今あるものを「特別な体験」に仕立てるために、何が必要なのか?

 マーケティングとマネジメントというビジネス的観点で見ると、彼の活動内容は基本に忠実で、特別ではないかもしれない。それならば、このフレームワークは他地域どこでも当てはめることができるだろう。しかし、飛騨里山での活動を特殊なものにしているのは、

(1)知見があり、フットワークも軽いコンサルが
(2)自分ゴトとして
(3)結果が出るまでやり続けた

 という3点ではないだろうか。彼のような情熱を注ぎ続けられる人材はそういない。本人も「人材の確保が課題」と繰り返し書中で述べている。知見と人材と実践力のマッチング、これは観光業や地方活性分野だけの課題ではなさそうだ。

 また、本書では地方移住のエピソードが、苦楽両面から描かれている。
 築100年余りの町家を言い値で購入し、後に高値で掴まされたと気づいたり、移住者に向けられる好奇の視線を感じたりと、どれも大変そうだ。
 一方で、ご近所さんとの濃密なコミュニケーションからくる治安の良さや、豊かな自然に触れて得られる充足感が、いきいきと描かれている。

 本書は地方創生の成功事例の一つであり、移住にまつわるエピソード集でもあり、やるべきビジネスの指針を整理したマーケティングの手引き書でもある。読んだ後に「地方移住がしたくなった!」、あるいは「都会がいいな」と感じる人もいるだろうし、「マーケティングの勉強をし直してみようかな」と思う人もいるかもしれない。実に盛りだくさんで、いろいろな読み方ができる一冊なのだ。
 本書を通じて、あなたの目の前に今ある「当たり前」を「宝の山」に変え、「自分なりの豊かさ」を持つヒントが得られるはずだ。

文=水野さちえ