旅を経て手に入れた「世界地図」が、fhánaの行く先を示す――fhánaインタビュー
公開日:2018/3/27
2017年春に開催された、fhánaの『Looking for the World Atlas Tour 2017』。彼らの3枚目となるフルアルバム『World Atlas』(3月28日リリース)は、昨年のツアーの時点でテーマが決まっていた。「世界地図」――これまでに発表した13枚のシングルで、さまざまなアニメ作品にアンサーし続けてきたfhánaにとって、それぞれの物語は「世界」であり、『World Atlas』はその「世界」を旅してきたことでfhánaが手に入れる集大成的な意味を持つ「世界地図」となる、はずだった。だけど、彼らが今手にしているのは、1年前に思い描いていたひとつのゴールとしての地図ではなく、さらに広い「世界」へと進んでいくために心強い道しるべとなる地図である。前作の『What a Wonderful World Line』から2年。現時点で1870万回以上の動画再生回数を誇るヒットとなった“青空のラプソディ”など、いくつもの物語との出会いを経て、fhánaの「世界地図」に映し出されたものとは何だったのか。リーダーの佐藤純一、ボーカル・towanaのふたりに話を聞いた。
質の高い非日常を作り上げたい。それが、たどり着いた今の考え(佐藤)
――まずは、アルバムが完成した今感じていることを教えてください。
towana:マスタリングで通して曲を聴いたときに、「カッコいいバンドだなあ」って思いました。久しぶりに聴く曲がけっこうあって、それをアルバムの並びで聴いていて、「すごくカッコいい曲をたくさん作ってきたんだな」って。「これが3枚目のアルバムです」って出せて、よかったなって思います。
佐藤:今、アルバムとして作る意味があるものになったかな、とは思います。音楽の聴き方がすごく変わってきている中で、せっかく意図した順番に十数曲収録されているフォーマットのものを出すなら、それをアルバムとして聴いてくれる人に何かを残したいと思っているので、そういうものになったな、と感じています。
――このアルバムは、『World Atlas』っていう言葉ありきで始まったんですよね。2017年4月からのツアータイトルになっていて、1年以上前からこの言葉は存在していた。で、『World Atlas』という言葉を目指してアルバムは始動したけど、当時思い描いていたものと、実際にできあがったものは、全然違うんじゃないか、と思ったんですけども。
佐藤:ほんとにそうですね。最初は、『World Atlas』はfhánaの集大成になると思ってたんですよ。「World」とか「World line」っていうキーワードは、デビュー前からずっと引っ張ってきていて。デビュー前の自主制作盤の『New World Line』は、新しい世界線。1stの『Outside of Melancholy』は「憂鬱の向こう側に行こう、こうだったかもしれない自分になろう」みたいな感じ。で、2ndの『What a Wonderful World Line』は「世界は灰色だし、人と人とは分かり合えないかもしれないけど、絶望という前提から希望を立ち上げよう」というテーマで作っていて。その中で、「World」は可能性っていう意味だったんですね。それは、アニソンタイアップをやるアーティストとしてのアイデンティティと、密接に結びついていて。主題歌を担当させてもらったアニメの物語たちは、fhánaっていう物語の中の可能性のひとつであり、fhánaの曲はいろんな可能性のことなんだ、みたいな。で、憂鬱の向こう側を経て、絶望から希望を立ち上げてようやくたどり着いた僕たちの世界が『World Atlas』なんじゃないか、っていうイメージを持っていました。
――1stは美しく完成された箱庭であり、2ndも「世界は灰色だ」という前提から始まっている。ある種の「世界観を作る」手法が今までのfhánaだとするなら、今回はよりfhána自体にフォーカスされた作品になってる気がします。物語を作るのではなく、当事者的であるというか。
佐藤:ラストの14曲目、一番最後に作った“It’s a Popular Song”はまさにそうですね。「みんなの歌を作ろう」っていうコンセプトで作り始めているんですけど、歌詞の世界は“私”っていうすごく個人的な視点から始まっていて。個人の視点、感覚が広がっていく、でもそれってみんな同じだよね、みたいなところにつながっていく曲です。さらに、最初に思い描いていた『World Atlas』のイメージとして、『ここが僕たちの望んだ世界だ』みたいな感じが一番現れているのは、“Hello!My World!!”なのかなって思っていて。これは『Looking for the World Atlas Tour 2017』をやっている最中か、その直後くらいに作った曲なので、もともとイメージしていた『World Atlas』の感じに近い。でも、その後、その通りにはいってない。全然、途中なんですよね(笑)。
――(笑)そう、アルバムを通して「全然ゴールじゃなかったわ、ここ」っていう感じ。世界地図というタイトルを掲げるからには、何かしらゴール感があるものだと思って聴いてはみたものの、道のりの途中感がすごくあるんです。
佐藤:途中感だし、ドキュメント感がありますよね。こういうアルバムになるのはfhánaっていうバンドの成り立ちによるところも大きいのかな、と思っていて。タイアップにどんな作品が次に来るかわからない状態で、その都度その都度全力で打ち返していく。それを繰り返していく過程で、“青空のラプソディ”を作ったことがターニングポイントになっていると思います。そこで開けて、オープンな感じとか、「みんなが喜んでくれるものを作ろう」みたいな感じに一度変わって。そこで『World Atlas』っていうタイトル候補も出てきて、アルバムのテーマも考えたけど、そこからその通りにはいかず。結果、2018年に入ってからの今の自分たちが色濃く反映されたものになっているかなっていう感じはします。
――「今の自分たち」とは?
佐藤:2ndアルバムでパーソナルな方向に行って、“青空のラプソディ”ではその反対側にはじけた結果、『みんなのために』『みんなを喜ばせよう』みたいな方向にいったけど、みんなを喜ばせようと思っても、それによって果たしてほんとに喜んでくれるかはわからないんですよね。だから、単純なサービス精神で喜んでもらおう、ということではなくて、fhánaの音楽やライブで人に与えられるものってなんだろう、そもそも音楽アーティストって何ができるのかな、とか、根本的なところまで考えるようになって。で、それは、非日常を体験させてあげることが僕たちのできる唯一のことなんじゃないかな、と思ったんですね。とても質の高い非日常を作り上げたい。それが、たどり着いた今の考えですね。アルバムを1時間くらいじっくり聴くのも、日常から離れた特別な時間だったりするわけで、それを経て日常に戻ったときに何かが変わってる、みたいなことができたらいいな、という感じがあります。
言葉とメロディの融合を高めたいんです(towana)
――アルバムに収録されている直近のシングル“わたしのための物語 ~My Uncompleted Story~”は、カップリングの“ユーレカ”も含めて超重要なシングルだな、と思ってまして。“わたため”から僕が感じたのは、焦りだったんです、焦燥感というか、「このままじゃいけない」みたいなマインドを感じながら聴いていたら、歌詞の中にそのまんまの言葉が出てきて、ビックリして(笑)。
towana:そのまま言ってますね(笑)。
佐藤:《このままじゃダメ》って言ってます(笑)。これは「わたしのための物語」っていうタイトルが、そのものずばりだったりしますね。「自分だけのための物語」っていう曲は、実はあまり世の中にないので、それは意外と強いものになるかな、と。でも、自分のために作った部分もあるのかもしれないです。それこそ、「このままじゃダメだ」みたいな(笑)。その前のシングルの“Hello!My World!!”は、結果的にライブでも受け入れられて、盛り上がる曲になったんですけど、平たく言えばダサい曲だなって自分で思っちゃったんですよ。なので、“わたため”の話が来たときは、“Hello!My World!!”に対する「こうじゃないものをやりたいんだよな」みたいなもやもやがすごくあったし、洗練されたものを作らなきゃっていう意味での焦燥感はありました。 “わたため”には《会いたい人はこの鏡の彼方で/歌い続けているから》っていう歌詞があるんですけど、この「会いたい人」というのは、理想の自分、なりたい自分のことなんですよね。towanaのこともイメージしながら書いたりはしていたんですけど、完成してみたら自分も含まれてるし、fhánaという総体すべてのことなのかもしれないな、という感じがします。
towana:確か、“わたため”のデモを聴かせてもらったとき、わたしがダメ出ししたんですよ。
佐藤:なんか、「サビがありきたりだ」みたいな感じで(笑)。
towana:(笑)「サビが弱いです」って言って。Aメロ、Bメロまですごくいい感じでfhánaっぽくきてて、サビで急に弱くなりますねって言った記憶があります。
佐藤:ほぼ同じことを、アルバム表題曲の“World Atlas”のときも言われましたね。自分でもなんとなくそう思うところがあったので、「ですよね」的な感じで、もうひと頑張りするか、と。
towana:結果、キャッチ―になりました。でも、その焦燥感というか、「この先活動していくには」「もっと裾野を広げるには」とか、「今のままの活動ではダメだな」って思っている感じはすごくします。
佐藤:ほう(笑)。それを感じ始めているときの曲なのかな?
――ある種の焦りが曲に出ている“わたため”のシングルには、もうひとつトピックがあって。カップリングの“ユーレカ”は初の「作詞・towana楽曲」なわけですが、そもそも書くことになった経緯は?
towana:ずっと書きたかったんです。たぶん、書きたいって思い始めたのは、“青空のラプソディ”の後ですよね。“青空のラプソディ”で開けたことにより、もうちょっと自分を出してもいいのかな、という気持ちになってきたのもあるし、ボーカルとしては「ここはこう歌いたい」「この言葉をのせたらもっといいかも」みたいな気持ちも少しあって、一度自分のしたいようにやってみたいなって思ってました。
佐藤:それも、「このままじゃダメ」感があったのかもしれないですね。そういうのも大事になってくるなって“青空のラプソディ”以降のツアーが終わった後から思っていて。fhánaが今より大きな存在になるために足りないものって、ありていに言うとアーティスト性なんですね。なんていうのかな、ちょっとプロジェクト感が強いかなって思っていて。「fhánaという企画」みたいな(笑)。
――(笑)。
佐藤:もちろん実際そうだったし、サウンドプロデューサーが3人いて、そこからtowanaが正式ボーカルになって、そのあり方は新鮮で面白かったんですけど、そのフェーズももう過ぎたかな、っていう。そこから先は、人を好きになってもらうしかない。そのためには、歌っているボーカル・towanaの自我、キャラクターがもっとお客さんに伝わって、ただ単に「歌うまいね」だけじゃなくて、人間・towanaを好きになってもらいたいし。それにあたって、歌う人が歌詞を書くのも大事だよな、と思ったりしましたね。
――歌詞を読んで、曲を聴いて、“ユーレカ”は決意と覚悟の歌だな、と思いました。
towana:あはは。まあ、覚悟は歌詞に入ってますね。わたし自身のことは出したくないと思って書いたんですけど、出ちゃったならしょうがないです。
――ボーカルの人が書かなかったら、こういう言葉にはならないと思う。《いつの日かこの闇を照らせたら/ここにいるよって歌いたい》とか。実際、アウトプットしてみてどうでした?
towana:もっとやりたいです。メロに載せる言葉を自分で決めたい、というか。自分の声帯を使って、自分で選んだ言葉で歌ったら、自分ののどをもっとうまく使えるんじゃないか、と思って。言葉とメロディの融合を高めたいんです。自分が歌詞を書くことで、それができるような気がしてます。
佐藤:今まで、魅力を増す、好きになってもらうためのアプローチが足りなかったけど、歌詞を書いたりすることで、どういうことを考えてる人なのかが見えてくるし、それによってアーティスティックな神秘性を感じてもらえたり、逆に親しみを感じてもらえたりしますよね、
――そうして完成したこのアルバムは、「世界地図」とは言ってるけど、全然ゴール感がない。ようやく手に入れた世界地図を持って次はどこに行こう、という段階が今なのかな、と思います。
佐藤:そうですね。その先のことって、今までは具体的な感じで近未来のことを考えていて。ひとつひとつをやっていくのはもちろん大事だし、計画的にやっていきたいですけど、根本的なところでは「全然そんなことじゃないぞ」って今は思ってます。「あと1000人くらいお客さんを増やしたい」とかではなくて、「もっと、全然違うところに行きたいんだ」っていう感じはありますね。
見えない世界にみんなを引っ張り出して連れていく、そのためのガイドが『World Atlas』(佐藤)
――このアルバムって、過去の2枚と比べると不確定性が強い感じがするんですよね。ここから先はどうなるかわからない、もしかしたら今までと全然違うものが出てくるかもしれない、みたいな。今までは、全部が見えていたから、不安もなかったわけですよ。で、今まで見えていた部分が見えなかったりもするけど、それは同時に楽しみでもあるんですよね。いろんな物語を旅してきて、ようやく地図が手に入ったから、ここから新しいことが始まっていく感じがするというか。
佐藤:そうなんです。今の「見えない部分があるからこそ楽しみ」っていうのは、まさにそうで。今考えているのは、見えない世界にみんなを引っ張り出して連れていく、そのためのガイドがこの『World Atlas』なんじゃないか――それが、最終的に作り終えてみて思った『World Atlas』感ですね。旅に行くときって、地図を持つじゃないですか。雑誌も見るし、グーグルマップを見るし。ある程度「なるほど、こういう感じか」って思うことで、人は一歩を踏み出しやすくなる。そうやって、アルバムを聴いてくれる人、ツアーに来てくれる人に対して、みんなを引っ張り出すためのガイド、灯(ともしび)となるのが、この『World Atlas』なんじゃないかなって思います。見えないからこそ尊いものってあるんですよね。全部が全部「あー、なるほど」ってわかってたらそんなに面白くない。見えない部分と見えている部分って、言ってみれば矛盾とも言えるけど、矛盾するものや怖いものがたくさんあって、影になっていて見えない闇の部分もあって。だからこそ尊く輝くものもある。そういう世界にみんなを連れていきたいし、そのための地図でありたい。それが、今僕が思う『World Atlas』です。全部が見える範囲で管理できることって、たぶん箱庭的なスケールになっちゃうと思うんですね。その箱庭の精度をちくちく上げていく方向性ももちろんありですけど、それをやってたら今の地点から変わらないというか、現状が維持されるか、だんだん下がっていくか、ですよね。なので、「ここにとどまっていてはダメ」みたいな気持ちになっていった感じです。
――そこで何も指針がないと怖くて踏み出せないけど、3枚のアルバムと、10枚以上のシングルを出してきた今のfhánaには世界地図、指針があるわけですよね。それをもって踏み出していこう、と。
佐藤:そうですね。最初は箱庭っていう意味での理想郷を手に入れました、的な意味で『World Atlas』というタイトルを考えていたけれども、不確定なことや矛盾もあるし、光もあれば闇の部分もあって、見えない部分もたくさんあるから、〈ほんとう〉に出会うための地図っていう意味になったんですよ、この地図を持って、本当の世界に向かっていこう、みたいな。自分たちが求めているものって、世界そのものの不確定性の中にあって、そこに飛び込むための地図がこれなんだ、っていう感じですね。
――行き先がいろいろ見える時点で、今までとは全然違いますよね。たとえば2ndアルバムは、1stで集大成を作った後の疲弊から始まってたけど、実際その感じだと行き先は見えないですからね。
佐藤:確かに。言ってみれば、2ndアルバムまではある意味純粋培養というか、アーティストとして自分の世界の中でいろいろなことが純粋にできていたんですね。だけど“青空のラプソディ”以降、その世界の殻が一回ばかっと取れて、本当の世界を知ったというか。そうなると、1stや2ndのときに考えていたテーマはとても大事なことだけれども、そこから全然違う次元に行かなければ、次のフェーズには行けないぞ、と強く感じたんですね。今は、作品の世界の外側に立って、その目線から「もっとこうしなきゃ」みたいな地平に立っている感じです。
取材・文=清水大輔