『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』――人工知能はすでにMARCH合格レベル…
更新日:2018/4/16
AIシンギュラリティが2040年代に起こるといわれている。「AIに人の仕事の多くが取って代わられる」という不安な予想が挙げられる一方で、「その分、新しい仕事が創造されるので心配ない」という意見もある。いずれの意見も20年以上も先のことだ。半分ファンタジー世界の話のようでリアリティが湧かない、というのが多くの人の捉え方ではないだろうか。
実際、今、AIはどこまで賢くなっているのだろうか。2040年代にAIが「全人類の知性の総和を越える地点」を迎えるのであれば、どこかで着々と知を高めているはずだ。
「AIは東大には合格しないが、MARCHの合格レベルには達している」
実際に検証された実験データを伴ってこういわれたら、リアリティを感じるだろうか。このように述べているのは、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子/東洋経済新報社)。Amazon売れ筋ランキング「本」カテゴリで8位(2018年3月27日時点)の書だ。
本書の著者、新井紀子氏は2011年に「ロボットは東大に入れるか」と名付けた人工知能プロジェクトをスタートさせた。「東ロボくん」の愛称でメディアに取り上げられ、教育関係者をはじめ多くの人に知られることとなった「東ロボくん」の知能は、初めて“受験”した2013年の代々木ゼミナールの「第1回全国センター試験」の偏差値45から伸び、2016年に受験したセンター模試「2016年度進研模試 総合学力マーク模試・6月」では57.1となった。合否判定では、全国172の国公立大学のうち23大学の30学部53学科で合格可能性80%、584の私立大学のうち512大学1343学部2993学科で合格可能性80%という結果。学部や学科は明かしていないが、MARCHや関関同立の一部学科も含まれていた、という。
AIシンギュラリティ到来の現実味が増す結果に思える。
しかし、本書は「数学者として、シンギュラリティは来ないと断言できる」という。そして、東大合格は達成できないだろう、と述べている。
そもそもの根底が覆されるような驚きの発言だが、本書によると「AIはまだ存在していない」。AIを和訳すると「人工知能」。人間と同等レベルの能力がなければ、人工知能とは呼べない。しかし、実際のところ、現時点までのAIは四則演算をしているに過ぎないと本書は述べる。あくまで「計算機」なのだ。現在、ちまたで使われている「AI」という単語は、正確には「先にあるAIを開発するというゴールに向けた“AI技術”の総称」だという。
「真の意味でのAI」とは、自律的に、人間の手をまったく借りずに、自分自身よりも能力の高い「真の意味でのAI」を作り出せるはずだが、数学的な理由から、AIは「真の意味でのAI」にはなり得ない。そして、AIである「東ロボくん」は、これも本書で根拠が示されているが、過去問やウィキペディアといった活用可能な知的資源、そして最先端の数式処理などをフルに使っても、運が良くても偏差値60あたりで成長が止まると考えている。
ところで、「東ロボくん」は数学だけでいえば東大医学部に合格できるレベル、世界史でもそこそこのレベルに達しているが、英語や国語は偏差値50付近にとどまっている。計算機であるAIは、計算やデータ処理は得意だが、弱点としては応用が利かず、柔軟性がなく、決められたフレームの中でしか計算処理ができない。
シンギュラリティ後は、「AIに任せられることは任せて、人間はAIにできない仕事だけをすればよい」という意見があるが、本書は、AIにできない仕事は人間にもできないと述べている。その根拠は、中高生の読解力不足。多くの生徒たちが、学校の教科書の記述を正確に読み取ることができないという。20年後も残る職業のトップ層を見てみると、確かにAIが苦手とするコミュニケーション能力や常識、理解力を求める仕事や、介護などの柔軟な判断力が求められる肉体労働が多い。しかし、これを苦手とする人間も多いということだ。
労働面における人間のライバルは、人間でなくAIになる。そして、AIは少なくともMARCH合格レベルの実力を備えている。
AIにより仕事を失った人のうち、人間にしかできないタイプの知的労働に従事する能力を備えている人は、全体の20%に満たない可能性がある
AIは、勤労者の半数から仕事を奪うと予想されている。本書は、大量の失業者が生まれた後の「AI恐慌」を危惧しているが、同時に、これを回避する術も示している。鍵は「読解力」と「何の仕事とはっきりは言えないけれども、人間らしい仕事」。
巻末で、一筋の光明が差している。
文=ルートつつみ