マリーナベイはゴミ溜めだった! あなたの知らないシンガポールの現在・過去・未来

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公開日:2018/4/8

『なぜ?シンガポールは成功し続けることができるのか』(峯山政宏/彩図社)

 シンガポールと聞いて、マーライオンと並んでマリーナベイ・サンズを連想する人は多いだろう。
 3棟の高層ビルが、船のような形をした最上階で連結され、そこには巨大プールもあるという豪勢な複合リゾート施設だ。2011年に全面オープンしてすぐにシンガポール観光の顔となり、多くの旅行客を楽しませている。

 そんな観光地マリーナベイが、1970年代までゴミ溜めだったことはあまり知られていない。また、シンガポールという国が誕生してからまだ50年余りしか経っていないことに、「え、そうだっけ?」と驚く人は多いのではないだろうか。

『なぜ? シンガポールは成功し続けることができるのか』(峯山政宏/彩図社)は、シンガポールの発展について、経過と背景がわかりやすくまとめられた一冊だ。シンガポール滞在歴7年になる著者が、さまざまな文献のデータと滞在者としての視点から書いた本書は、2014年の単行本出版でロングセラーとなり、今回大幅加筆を経て文庫化された。

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■わずか50年で何もない島国からアジア随一の富裕国へと大発展

 1965年、マレーシアから分離する形で独立したシンガポールは、中華系、マレー系、インド系を中心とした多民族・多宗教・多言語国家でありながら、「資源」「労働力」「国民の連帯」といった、国家の成長に必要な要素がことごとく不足していた。初代首相、リー・クアンユーが、独立時の記者会見で流した涙は、不安によるものと噂されるほどだったという。そのリー・クアンユーは31年間という長きにわたり首相を務め、国を発展させた功績から「シンガポール建国の父」と称されている。
 その国家運営の切り口は、実に明快だ。

・国の運営に携われるのは成績優秀者のみ。小学校卒業時の試験で人生の進路が決まる。
・「ヒト」「モノ」「カネ」の不足分は外注すればよい。そのための環境整備に徹する。

 このように徹底してシビアな能力主義と割り切りを通して、シンガポールは急成長を遂げた。

 また、法律による厳罰処分も有名なトピックだろう。犯罪率を抑制することで治安を良くし、連動して環境美化活動でイメージを向上させた。主要河川の浄化と治水によって、資源としての「真水」を確保しただけでなく、浄化・美化された地域の観光地化にも成功した。この一つが元ゴミ溜めのマリーナベイだ。

 これら国家プロジェクトはどれも場当たり的なものではなく、長期的視野に立ったものが多い。金融面においては、法人税と所得税の軽減により、大手グローバル企業の誘致や個人の招請に徹した。

 シンガポールの成功要因として、ヒト、モノ、カネの「ハブ」機能が語られるが、このハブ(=中継)の始まりは、建国より150年以上前の時代の東インド会社にまでさかのぼる。このエピソードに登場するのは、のちに「シンガポール建設の父」と呼ばれ、現在でも有名ホテルに名を残すラッフルズだ。東インド会社の駐在員だったラッフルズは、当時、香辛料に代わって東西貿易のキラーコンテンツになりつつあった中国茶葉の「貿易中継点」としてシンガポールに注目し、自由貿易港を建設した。

 建国から50年と少ししか経っていないが、シンガポール繁栄の理由を理解するには、建国以前の歴史認識も不可欠だ。そのため本書では、シンガポールとその近隣の歴史解説についても多くのページが割かれている。

■国家急成長の陰にあるものは?

 急成長の陰の部分に挙げられる最たるものは、アイデンティティ・ロスだろう。多民族・多宗教国家として始まったシンガポールは、統率が難しく、シンガポール人も人生で「自分自身は一体何者なのか」「シンガポールとは何なのか」と自問自答するという。国としての一体感を醸成するために、毎年建国記念日には国を挙げて一大パレードが行われる。私たち日本人には理解が難しいかもしれない。

 また、少子化問題も深刻だ。2016年の出生率は1.22人と、日本の1.44人を下回る。これまで政府は、自国民の人口を増やすことだけに注力してきたが(外国人メイドは、妊娠してしばらく働けなくなるとわかると、就労許可が取り上げられていた)、今後は移民の受け入れ容認に舵を切っていくという。これは日本においても他人事ではないだろう。

 本書は、シンガポールの発展についてコンパクトにまとめられており、サクっと理解するのにちょうどよい一冊だ。各項の終わりに「まとめ」があり、要点がわかりやすい。シンガポールへ向かう機内で読むにも最適のボリュームで、知る人ぞ知る観光地ネタなどの柔らかい内容もあるので、旅行者にとっても、また在住者も同様に楽しめるだろう。

 繁栄するシンガポールについての知識を得ると同時に、自分たちが暮らす日本を振り返る一助にもなるはずだ。

文=水野さちえ