私は、暴力にしか欲情できない……23歳、処女、恋愛経験なし。性的嗜好がこじれまくった私が恋に落ちたのは――
更新日:2018/4/23
ここ数年、作者自身の壮絶な実体験を描いているコミックエッセイが人気を集めている。その理由のひとつは、読者に「未知の世界を見せてくれるから」だろう。決して作者である自分を守ろうとも、良く見せようともせず、ただただ実際にあった出来事を丁寧に描く。それはともすれば自身を傷つけることにもなりかねない。けれど、彼らは臆することなく、筆をとる。おそらく、そうせざるを得ないのだ。だからこそ読者は、その未知なる世界に魅せられ、いつの間にかのまれていく。
4月9日(月)に第1巻が発売された『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』(ペス山ポピー/新潮社)も、そんな未知へのトビラを開いてくれる一冊だ。本作のテーマになっているのは、「マゾヒズム」。他者から暴力を振るわれることでしか興奮ができないというペス山さんが、その性的嗜好に目覚めた瞬間から現在に至るまでを、わかりやすい解説とともに描ききっている。
また、もうひとつのテーマが、「トランスジェンダー」という性的指向だ。ペス山さんは、女性の身体を持って生まれた。しかしながら、幼少期から「女性らしさ」に違和感を抱きながら生きてきたのだ。そして、マゾヒストとして歩み始めたことがきっかけとなり、自身が「男性」であることに気づいたという。
つまり本作は「身体が女性で、性自認が男性。それでいて恋愛対象が男性で、被虐性愛者」という非常に複雑なセクシュアリティを持つひとりの人間が、はじめての「恋」に落ちていくさまを描いたラブストーリーなのだ。現在連載中の「くらげバンチ」では、300万近いPVを記録するモンスターコンテンツになっている。もちろん、反応はさまざま。同じような悩みを持つ人たちからの共感が寄せられている一方で、「1ミリも理解できないけれど面白い」と、マンガの内容そのものを高く評価する声も届いているそうだ。
さて、ここで今回は、そんな次世代の注目作家であるペス山さんにインタビューを敢行。セクシュアリティに気づきつつあった幼少期のことから、マンガ家になった理由まで、縦横無尽に語っていただいた!
■「あ、私、暴力をオナニーのオカズにしてるんだ」
――まずは、ご自身が「マゾヒスト」であることに気づいたときのことを詳しく教えていただけますか?
ペス山「中学2年生の頃、オナニーをしているときに気づいたんです。『あ、私、暴力をオカズにしてるんだ』って。そもそも、3、4歳の頃から、某RPGのキャラクターと自分を重ねてはひどいことをされる妄想ばっかりしていました。乱暴に扱われている状況に興奮していたんです。それが性的なものだと理解したのが中2のとき」
――「暴力に興奮する自分」は、すぐに受け止められましたか? やっぱり、周囲にはひた隠しにしたりとか……。
ペス山「それがですね、中学生の頃は結構ひけらかしてたんです。友達に『私、暴力でめっちゃ興奮するんだよねー』とか話したりして。その頃って、普通じゃない人=すごい人、みたいな変態マウンティングがあって、優越感に浸っていたんです。友達は『私は目玉が好き』とか言うんですけど、『お前、本当にそれでオナニーできんのかよ!』ってツッコんだりして。実際にオナニーまでしてる私の方がすごい、勝った!とか思ってたんですよ(笑)」
――な、なるほど(笑)。それでは、結構すんなり受け止められたんですね。
ペス山「でも、そこから徐々に精神的にくるものがあって。意外と、落ち込むことも多かったんです。それでも私は強いからって無理をしてたんですけど、結局、20歳を超えた頃に生き方を間違えてるんだって思うようになってしまったんです。その一番のトリガーになったのは、マンガでした。その頃、どうしたってまともなものが描けなかったんです。頭のなかには暴力ばっかりが渦巻いているし、一般的な恋愛感情もわからないから、描く人間がどんどん薄っぺらくなっていって。私には心に沁みるものが描けない、それは自分のセクシュアリティのせいなんだって思い込んでいったんです。 他にも、当時のアシスタント先できついセクハラにあったりして、それをも自分は傷ついてないと思い込もうとしたんですけど無理でした。結果かなりメンタルに不調をきたしてしまいましたね」
――それはやはりマゾヒストであることに加えて、トランスジェンダーであることも関係しているんですか?
ペス山「もちろんです。ただでさえマゾヒストっていう属性を持っているのに、二重でマイノリティになってしまうのかって考えるとツラくて。だから、せめてどちらかは隠して生きていこうと思っていました。カラフルな洋服を着て、女らしくしてって。でも、やっぱり無理でした。そもそも、振り返ってみれば、高校生の頃に普通のスカートをはくことが苦痛になっていたんです。自分の足を出すのが嫌で。だからいつもロングスカートをはいてましたし、身体のラインが出ないようなブカブカの服ばかり選んでました。最終的にどのタイミングでトランスジェンダーであることを認めたのかは、今後マンガのなかで描いていく予定です」
■「親と自分の人生を切り離したとき、この作品が生まれました」
――マゾヒストでトランスジェンダーという複雑なセクシュアリティを持ちつつも、本作ではそれがあっけらかんと描かれていて、誤解を恐れずに言えば、非常に面白かったです。ギャグ要素も取り入れていて、笑えるシーンも満載でした。あえてそういう作風を狙ったんですか?
ペス山「もちろん、それで気持ちが落ちたこともあったんですけど、自分の境遇を笑いに変えて生きてきた部分もあるので、それが反映されているんだと思います。そもそも、マイノリティの友達も多くて、孤独感はなかったんです」
――マイノリティの友達というと、作中にもゲイのKくん、Aくんが登場しますね。
ペス山「彼らは小学生の頃のクラスメイトだったんです。Kくんは直感で『ゲイなんだろうな』って思いました。ずっと仲良くしていたんですけど、中学生になってから某ゲームに登場するムキムキの男性キャラクターが好きだってことを打ち明けられて(笑)。やっと言ってくれたなって思いましたね。Aくんは人気者タイプで、いまも新宿2丁目のクラブで踊っているような子なんですよ(笑)」
――早くからマイノリティの仲間を見つけられたのは大きかったですね! でも、ご自身のことを打ち明けたのはいつ頃だったんですか?
ペス山「中学生の頃に他の友達に話していたように、早い段階で暴力が好きってことは伝えていました。ただ、それが本当に性的嗜好であることを話したのは、大人になってからですね」
――そのときの反応は……?
ペス山「『あー、そうなのね。あんた、身体には気をつけなさいよ』って(笑)。あっさりしてましたけど、心配もしてくれたみたいです。だから、世界にひとりぼっち、みたいな孤独感はそこまでなくて。ただ、親には申し訳ないなって気持ちはずっとありましたね」
――親御さんに対する申し訳なさは、いまだにあるんですか?
ペス山「この作品を描くときに、親と自分とを切り離す作業をしたんです。そもそも性格が違いすぎるし、大事にしているものも違う。他人なんですもん。でも、そうやって考えるようにして、自分の人生は自分のものなんだって切り離すことができたとき、すごく楽になって。それでこの作品が生まれたんです」
■「世のなかにはいろんな人がいることを知ってもらいたい」
――実際、本作を描いてみていかがですか?
ペス山「描いて良かったと思っています! 私、よくエゴサーチをするタイプなんですけど、最初に感想を読むまでは怖くて怖くて吐きそうで……。でも、意外と理解してくれる人、受け入れてくれる人が多くて、良い意味で私の方が裏切られた感じなんです。『自分も同じなんです』っていう声をいただくこともあって、すごく糧になっています」
――本作の読者のなかには「自分はひとりじゃないんだ」と安心した人たちもいるんだと思います。
ペス山「そうだと良いなって思いながら描いてます。特に、これは幼い頃の自分自身に読ませてあげたいなって思いながら描いているんです。まあ、どう考えても下ネタばっかりなので、子ども向けではないんですけど(笑)。でも、私みたいな子どもがもしいたら、読ませてあげたいなとは思っています。決して私のことだけを理解してもらいたいわけではなくて、世のなかにはいろんな人がいるってことを知ってもらいたいんです」
――読者の想像力を広げる手助けをしたい、ということですよね! ちなみに、作家としての今後の目標はありますか?
ペス山「将来的には、蛭子能収さんみたいな人になりたいんです! 自分の足で立っていて、誰に何を言われても揺るぎないものを持っているような。唯一無二の存在なのに、それを自覚していないところも素敵だと思います」
――ペス山さんはすでにその道を走り始めている気がします! では、最後に読者へのメッセージをお願いします。
ペス山「繰り返しになっちゃいますけど、まずは世のなかにはいろんな人がいることを知ってほしい。これを読めば、きっと並大抵のことでは驚かなくなると思うんです(笑)。そして、こんな私が生きているんだから、どんな状況にいる人でも生きていけますよってことを伝えられたら本望です!」
取材・文=五十嵐 大
【くらげバンチで連載中】『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』
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