なんで世界史に出てくる人物は同じ名前が多いんだよ!「あだ名」との関係は……

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公開日:2018/4/11

『あだ名で読む中世史―ヨーロッパ王侯貴族の名づけと家門意識をさかのぼる』(岡地 稔/八坂書房)

 ヨーロッパ中世の人物名には、よく「あだ名」が付いている。特に王侯貴族において、その傾向が顕著だという。

 私たちがイメージする「あだ名」は、あくまで「私的空間で楽しむ」ものであり、例えば、いくらあなたが安倍総理と長年の付き合いで、普段は「あべちゃん」と呼んでいたとしても、「公的な場」では改めるだろう。

 だが、ヨーロッパ中世のあだ名文化は、そういった「私的空間」だけではなく、「公然性」の中にも見受けられるという特徴がある。

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 この不思議な「あだ名文化」が、なぜ中世のヨーロッパで興ったのか。『あだ名で読む中世史―ヨーロッパ王侯貴族の名づけと家門意識をさかのぼる』(岡地 稔/八坂書房)はその謎を追った研究書である。

 ざっくり中世といったが、実際「あだ名」を付け始めたのは、9世紀末~10世紀初めの人々だ。彼らより前の時代(メロヴィング朝末期~カロリング朝前期)、及び、同時代の人々を対象としている。

 では、どうしてその時代から「あだ名」が付けられるようになったのか。その必要性とは一体何だったのか。

 本書ではカール・マルテル(メロヴィング朝フランク王国の宮宰/「マルテル」は「鉄槌」という意味のあだ名)や小ピピン(カール・マルテルの息子/カロリング朝初代国王/あだ名は「短軀(たんく)王」)といった人物を例に挙げながら、その疑問を追究している。

 結論を出す前に、中世のあだ名の「面白さ」を知っていただきたいので、本書の巻末付録にある、「あだ名」リストから面白いものをいくつかピックアップしてみようと思う。

≪血斧王≫ノルウェー王エイリーク1世
「血のしたたる斧」の意味。「兄弟殺し」などとも呼ばれており、彼の残酷な一面を表したあだ名だ。

≪お下げ髪≫オーストリア大公アルブレヒト3世
 この人物が弁髪に似たお下げに編んだ髪を印とした「お下げ髪騎士団」を設立し、彼自身もその髪型をしていたことから。

≪大親指伯≫ヴュルテンベルク伯ウルリヒ1世
 出自は不詳らしいのだが、右の親指が大きかったと伝えられることから、このあだ名に(そんな理由で……)。また、「建立者」というあだ名もあり、こちらは墓所となるボイテルスバハ教会を建立したことによるそうだ。

≪ザクセンの華≫プレッツカウ伯コンラート
 騎士としての凛々しい姿から、このあだ名に(さぞイケメンだったのでしょう……)。

≪大口≫ティロル女伯マルガレーテ
 あだ名「マウルタシュ」は大口の意味だという(もはや悪口……)。「悪しき銭袋」とも呼ばれ、伝説での評判はすこぶる悪いという。

 以上、多種多様な王侯貴族たちのあだ名をご紹介したところで、本題に。

「あだ名文化」の背景には、ゲルマン系のヨーロッパの人々の名前には「姓」がなく、「個人名」しかなかったこと。そして「親から子、子から孫へ同じ名前をつけるという特異な命名方法がおこなわれてきたこと」があるそうだ。

 そのため、兄弟親族が増え、時代を経るごとに「同じ名前」が増えてしまい、個人の区別・識別が困難になるという問題が生じた。その解決のための工夫の一つとして、あだ名が使用されたという。

 ではなぜ、そのような不便を生じさせながらも、そういった「名付け方」を続けたのか、それは王侯貴族たちの「家門意識(親族意識/同族意識)」に理由があるのだが……そちらの説明は本書に譲ろう。

 中世のあだ名文化の謎、理由を追った本書は、新しい歴史の視点を与えてくれる一冊だった。

文=雨野裾