「明治おいしい牛乳」誕生秘話 あなたの身近にあるデザインを探してみよう!

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公開日:2018/4/11

『大量生産品のデザイン論』(佐藤卓/PHP研究所)

 身近なコンビニにも所狭しと並べられているお菓子、ジュース、日用品の数々。その小さな商品たちは消費者に買われるため、すさまじい手間と時間をかけて商品開発がなされている。
『大量生産品のデザイン論』(佐藤卓/PHP研究所)は、商品開発の工程の1つ、「パッケージデザイン」の世界をひもとく1冊だ。何気なく私たちが手に取るあの商品には、とても奥深い「デザイン論」が秘められていたのだ。その一例として、まずは大ヒット商品「明治おいしい牛乳」をご紹介したい。

■明治おいしい牛乳が誕生するまで

 この商品が発売される2002年頃の「株式会社明治」の状況は、次のようなものだった。当時、社名が「明治乳業」だったにも拘わらず、牛乳の看板商品がなかった。スーパーやコンビニで並ぶものより、契約した家庭に配る宅配や業務用の牛乳が多かったのだ。
 そこで「ナチュラルテイスト製法」という画期的な製法で作られた新商品を牛乳市場に打ち出し、勝負に出ることにした。そのパッケージデザインを依頼されたのが、著者でありグラフィックデザイナーの佐藤卓さんだった。

 商品開発が進められるうちに、新商品のネーミング案が3つ出された。その1つが「おいしい牛乳」だった。これを初めて聞いたとき、佐藤さんは正直「困ったなぁ」という印象を抱いたそうだ。たしかに今でこそ市場に浸透したが、冷静に考えればとてもハードルの高い名前だ。
 画期的な製法で作りだされる「差別化された商品」であり、明治乳業の「基幹」として打ち出す商品でもある。そんな重大な商品の名前が「おいしい牛乳」になるかもしれない。そのパッケージデザインを考えるなんて、誰もが投げ出したくなるプレッシャーだらけの案件だが、様々なデザインを試作するうちに佐藤さんは「おいしい牛乳」のポテンシャルを見つける。

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 そもそもなぜナチュラルテイスト製法が生まれたかというと「搾りたての牛乳に近い味わいの商品を作りたい」という技術者の思いがあったからだ。つまり新商品のデザインは「そのまま」で、人の手があまり加わっていないほうがいい。デザインもネーミングもシンプルに「おいしい」を潔く表現したものがいいだろう。
 この発想を軸に、佐藤さんは開発担当と何度もディスカッションをしたという。そうして生まれた「明治おいしい牛乳」は、初年度で220億円のセールスを記録する異例の大ヒットになった。

■このエピソードに見え隠れするデザイン論

 この商品開発のエピソードにはいくつかの「奥深さ」が隠れている。

 まず、ただ単に牛乳のパッケージをデザインするのではなく、企業やその商品を根本から理解し、それを「デザイン」という「情報」に乗せて消費者に表現していることだ。明治乳業や「おいしい牛乳」を真正面から見つめたからこそ「そのまま」というキーワードが導き出された。これは「デザイナーの仕事」というより、企業と共に商品を開発する「ものづくりのパートナー」という立ち位置に感じる。
 一般的にこのような「大量生産品」にデザイナーが関わることは少ないとされる。商品のデザインは棚に陳列されてようやく意味を成すが、その売れ行きとデザインの関係は見えにくいからだ。佐藤さんはそんな大量生産品のパッケージデザインを、初めて視覚的に方法化したデザイナーでもある。

 そして、商品のデザインに「個性」を入れなかったことも挙げられる。有名な建築家が手がけた建物がその個性のかたまりのように見えるように、デザイナーにも芸術家の一面があるので、その個性を出すことが仕事の一部であるはずだ。しかし佐藤さんはこの商品のデザインをあえて「無個性」で仕上げている。なぜなら企業の商品はデザインも含めて「企業の作品」という強い思いがあるからだ。

 すべての商品には「価値」があり、その価値を企業の担当者とディスカッションすることで一緒に引き出し見つけ合って、デザインを「共創」していく。この信念のようなデザイン論が根底にあるので、「無個性」のまま商品のパッケージデザインを手がけることができるのだろう。
 佐藤さんは「ニッカ・ピュアモルト」や「ロッテキシリトールガム」など、様々な商品のデザインを手がけてきた。これらの商品がヒットしたのは佐藤さんのデザイン性が際立ったのではなく、企業と共にその商品の価値を徹底的に見つけ出し、そのすべてをデザインとして表現したからではないかと感じる。

■私たちの身近に潜んでいる「デザイン」を見つけよう

 実は、ここまでの内容は本書の一部にすぎない。この他にも、佐藤さんの仕事スタイルから見出すデザインと企業の密接な関係、時代の移ろいから見つめるデザインの変化など、「デザイン」という行為を様々な角度から観察し解説している。

 また、本書には「新書」としての“新しい試み”が加えられている。それがどんなものかは、本書を実際に手に取った人だけのお楽しみだ。

 私たちの身の回りにあるものは、すべてデザインされている。意識していないだけで、デザインとは文化であり、私たちの生活の一部だ。そう思えば、目の前にある一つひとつに大きな意味が隠されているようで、それぞれ手に取って確かめたくなる。今は「デザインから縁遠く生きている」と思う人ほど、本書で説かれる「デザイン論」を読んで、その身近さを実感するに違いない。

文=いのうえゆきひろ