50億円のお買い物をできる人が世界に数百人もいる!? 仰天の巨大アートビジネス界を覗く
公開日:2018/4/13
画家が全身全霊をかけて描く名画。そこに込められたメッセージ性には、時に見る者の目を奪って離さない強烈な力がある。絵画だけじゃない。アーティストが命を削るように作り上げた芸術作品には魂がこもっており、私たちの感性を大いに揺さぶる。名画とは、芸術とは、本当に素晴らしいものだ。
そんな素晴らしい作品がこの世にいくつもあるからこそ、アートはビジネスになる。私たちの想像もつかない巨大なビジネスの世界が存在するのだ。それを赤裸々に明かすのが『巨大アートビジネスの裏側』(石坂泰章/文藝春秋)だ。
■ムンクの『叫び』が96億円で落札されるまで
本書は冒頭からあの名画、ムンクの「叫び」がオークションで落札された模様をつづっている。ニューヨークのオークションルームにつめかける美術愛好家やディーラーたち、総勢600人。立見席の見物人も含めると1000人を超え、ものものしい雰囲気の中、オークションを仕切るオークショニア(=競売人)がスターティングプライスを告げる。その額、4000万ドル。当時の日本円で約30億円。本書の執筆時の為替レートだと約50億円に当たる。想像がつかない。金額も、その場の様子も、それを買う資産家たちも、まるで想像を超えている。この本を手に取った私は、冒頭から口をあんぐり開けてページをめくった。「叫び」が結果的に96億円で落札されるまでの様子は、まるで異世界のような雰囲気だ。
口をあんぐり開ける話は他にもある。世界には今すぐにでも50億円という大金を使える人が数百人いるそうだ。この一文を読むだけでアゴが外れかけてしまう。だが、まだ早い。オークションを運営する国際競売会社「サザビーズ」は、そんな人々をまとめた顧客リストを作成しており、出品する芸術作品を紹介して回るそうだ。ときにはプライベートジェットで大富豪の家を訪れ、その実物を紹介するという。それを仮に一晩その家に置くことになると、ガードマンを配置して犯罪者から作品を守る。なんだか映画やアニメのフィクションのように感じるが、これは現実だ。これが本物の金持ちの世界だという。
■そもそもなぜアート作品は高価なのか? という素朴な疑問
それにしてもなぜこれほどまでに絵画や芸術作品はお高いのだろうか。本書でその答えがいくつか記されているが、なにより「資産」として評価されるところが大きいという。基本的にアートは、インフレヘッジ(※)、移動のしやすさ、換金性において資産として優れているのだ。ナチスの迫害を逃れるために絵を差し出して出国することができたユダヤ人がいたことも一つの例だし、ごく最近でいえばリーマン・ショックの時もそうだった。株価は日々下がり、世界経済は見通しが立たない。そのため不動産の評価額も算出できないので担保として機能しなくなった。そんな最悪の状況でも、美術作品はその価値を守り通した。優れた作品は、たとえ世界がどんな状況になろうと、普遍的な価値と評価を守り続けるのだ。
(※インフレヘッジ=インフレによる通貨の価値下落から受ける損失を防ぐために、資産を有価証券や不動産、貴金属などに変換すること)
この他にも、世界的有名人がアートをコレクションする様子、世界のアート産業、名画の出所や状態を確かめる美術品の「身体検査」など、想像もしなかったアートの裏側を描く本書。ここまでくるとフィクションばかり並べられているようで、まるで絵画を眺めていたような奇妙な読後感が残る。不思議な1冊だ。
絵心の欠片もない私だが、いっぱしに知識を身につけたおかげか、美術館に行きたくなってくる。美術館に飾られるあの絵画がたどってきた裏側には、想像を超えたビジネスの世界があるのかもしれない。
文=いのうえゆきひろ